『禅語事典 より良き人生への二百五十のことば』 平田精耕 著
- 著者: 平田精耕
- 出版社: PHP研究社
- 発行日: 1988年8月12日
- 版型: Kindle版、 (単行本は絶版)
- 価格(税込): Kindle版: 1,900円
京都大学哲学科を出て禅僧として修業
本書の著者 平田精耕(1924~2008)は、京都大学文学部哲学科でインド哲学や仏教学を学び、26歳で天龍僧堂に入門して修行した。47歳で天龍僧堂の「師家(しけ)」となった。「師家」とは、深い学徳を有して一般の禅僧たちを指導する尊師のことである。その後、花園大学の教授や禅文化研究所の理事長も務めた。
この本の魅力は、そうしたインド哲学や仏教学のアカデミックな背景と、禅宗寺院の修行現場の師家 というふたつの要素が融合している点にある。
平田は、本書の「はじめに」で、次のように述べている。
「日本ではこれらのことば(禅語)が千利休以後好んで茶室の床の間にかけられ、わびすきの茶道に一段と光彩を添えるようになった」
平田は「わびすき(侘び・数寄)」という言葉を用いているが、実際、わびさび(侘び寂び)を重視した利休の茶道精神と、「空(くう)」の価値観の中に自由闊達な精神世界を目指した禅宗とは、共通する価値観と世界観があったのだろうと思われる。
言葉によらず、言葉による禅宗の不思議
禅宗で最も不思議とされている点は、言葉によらない(依拠しない)としながらも、膨大な言葉を使って修行をするという、一種の矛盾である。「矛盾」という言葉を使うと禅師から怒られると思いながらも使ったのであるが、世の中には矛盾しているようで矛盾していないことが多くある。問題はその「不整合性の合理性」を説明できない私たち自身にある。
それは、禅宗の旗印となっている言葉:「不立文字 教外別伝(ふりゅうもんじ きょうげべつでん)」というキャッチフレーズに如実に現れている。
「不立文字(ふりゅうもんじ)」とは、経典の文字によらないで、師の心から修行僧の心へと真理を直伝していくということである。「教外別伝(きょうげべつでん)」とは、ブッダの教えは言葉によって教えられているようにみえても、実は言葉そのものではなくて、心から心へと直伝されるということである。
しかしながら、この師から弟子たる修行僧たちへの直伝のプロセスにおいて、膨大な語句が使用されるのである。ここが、理屈では理解できないような、禅の不思議なのである。
平田は次のように述べている。
「中国の禅者たちは、自らが体験した悟境をいろいろに説こうとしてさまざまな言句を用いた。禅僧たちの用いたことばは、仏教の用語のみならず、儒教、道教、易の言句から、唐、宋の詩までひっくるめてこれらを使用した」
人生を観るための言葉
本書は単行本の厚さでちょうど3センチもある。573ページもある本書では、5つの章にわけて250の言葉を紹介している。ひとつの言葉が見開き2ページで解説されているので、最初から読み進めるのもよし、また、運に任せて開いたページの言葉を読むのもまた良い。章立ては次のようになっている。
第一章 迷いからの自覚
第二章 己の役割を果たす
第三章 日常のことをしっかりやる
第四章 自然のままに生きる
第五章 世界観を得る生き方
語句の文字数は「喝(かつ)」のような1文字から、2文字、3文字~、そして14文字までの語句が収録されている。
中には、茶道で用いられて一般によく知られている「一期一会(いちごいちえ)」のような言葉や、禅語としてあることも知らずに普段使っている「主人公」のような言葉もある。かと思うと、見た事もないような難しい言葉もあって楽しめる。
たとえば、私(書評者)が気に入った語句を挙げると、以下のような言葉がある。
「水流元入海月落不離天」
(水流れてもと海に入り、月落ちて天を離れず)
解説では、禅師とひとりの僧が、人間の生と死がどこから来てどこに向かうのかという問答をした時にこの語句が用いられたとしている。
本書は単行本で573ページもあるのでかなり分厚い本だが、Kindle版だとiPadやiPhoneなどのスマホやキンドル端末などに入れて気軽に持ち歩くことができる。
私は絶版になった単行本もKindle版も、両方買って持っている。いろいろとふかく深甚に考えさせてくれる素晴らしい本だと思う。
『禅語事典』Kindle版
『禅語の茶掛を読む辞典』 (講談社学術文庫) 文庫本