『特殊部隊』 ウォルター・N・ラング 著, 落合信彦 訳
- 著者: ウォルター・N・ラング 著, 落合信彦 訳
- 出版社: 光文社
- 言語: 日本語
- 発行日: 1990年6月30日
- 版型: 単行本
- 価格(税込): 単行本: 絶版
落合信彦訳の世界の特殊部隊事典
最初に断っておくが、かなり古い本である。1990年、つまり30年前の刊行で、旧ソ連軍の特殊部隊も載っている。まあ、それだけに、軍事史の観点からは貴重な本であるが、古いだけに改訂が必要な部分も見られるが、特殊部隊の本で本書を凌駕するような内容の濃い本はその後の長年にわたって出ていないのではないかとさえ私には思えるほど、本書は実に有用な書だと感じている。とは言え、そのような改訂が行われずに本書が絶版となった理由は言わずとも明らかで、その理由とは、本書が刊行された翌年1991年末にソビエト連邦が解体されたからである。
しかしながら、特殊部隊の必要性は、ソ連崩壊後、世界がテロとの戦いの様相を強めるに従って増してきた。また、近年、ロシアはウクライナとの紛争で特殊部隊を使い、現在はアジアでは新たな紛争の動きが先鋭化しつつある。
本書の特徴は、全世界18の国と地域の35のエリート・フォース(特殊部隊)のことが詳細に掲載されており、何よりも図版が凄くて、「帯」が言う数字によれば、図版と写真は400点が収録されている。ミリタリー分野のファンの方にとってはいまだに実に面白い本であると思える。アマゾンで検索したところ、2020年5月現在、中古本が1円で売られていた。送料込みで300円ほどで買えるので、そういうファンの方には特にお薦めできる。
本書の構成と内容
本書は以下のような3つの章立てとなっている。
- 対テロ作戦とその成果
- 特殊作戦部隊
- 武器と装備
それぞれの章には、以下のような項目が詰められている。
<第Ⅰ章>
- エンテベ空港人質救出作戦
- モルッカ独立ゲリラの列車乗っ取り事件
- モガジシオ空港人質救出作戦
- 「鷲の爪」作戦
- 在英イラン大使館占拠事件
- ドジャー准将救出作戦
- ワイヤレス・リッジの闘い
- グレナダにおける救出作戦
- 「アキレ・ラウロ」号事件
<第Ⅱ章>
- カナダ特別任務部隊
- フランス外人部隊
- フランス空挺部隊
- 西独GSG9
- イタリア山岳部隊
- イタリアCOMSUBIN
- イタリア雷撃旅団
- スペイン外人部隊
- 英国グルカ兵
- 英国パラシュート部隊
- 英国海兵特別舟艇部隊(SBS)
- 英国特別航空任務部隊(SAS)
- 米国第23航空軍
- 米国陸軍特殊作戦部隊
- 米国陸軍レンジャー部隊
- 米国陸軍第82空挺師団
- 米国デルタフォース
- 米国海兵隊
- 米国SEALS
- ソ連空挺部隊
- ソ連海軍歩兵部隊
- ソ連特殊部隊「スペツナズ」
- オーストラリア特別航空任務部隊
- インド空挺旅団
- イスラエル空挺/エリート部隊
- ヨルダン特殊部隊
- ニュージーランド特別航空任務部隊
- 北朝鮮特殊作戦部隊
- 韓国特殊作戦部隊
- 南ア偵察コマンド部隊
- 台湾長距離水陸両用偵察コマンド部隊
- タイ陸軍特殊部隊
<第Ⅲ章>
- 各種銃器類やミサイルや車両、航空機
なお、「米国海兵隊」が上記「第Ⅱ章」に含まれているが、著者曰く、米国国防総省の公式分類によれば、海兵隊は特殊作戦部隊には属さない。しかし、海兵隊がある意味で、そのような特殊作戦部隊的な性格を持つのは事実なので、本書が海兵隊について一言も触れないのは逆に公平さを欠くと思ってあえて入れているという。
落合信彦「バイオレントな現代史の最前線」
訳者の落合信彦は、「訳者まえがき──バイオレントな現代史の最前線」で、エリート兵士によって組織されている特殊部隊は、ローマ時代の昔から存在していたとしている。
しかし、特殊部隊という区分でそれが軍制の中で確立したのは第二次大戦中からであり、英国陸軍のSAS(スペシャル・エア・サービス)はその代表だという。
SASは、北アフリカでロンメル率いるドイツ軍に正面からの戦いでは勝てないと悟った英軍上層部によって、敵の後方かく乱やヒットアンドラン戦法のために創られた部隊だったという。第二次大戦後、SASは解体されたが、対共産圏の戦いのためにすぐに復活したのだという。英国軍はフォークランド戦争の際もSASに縦横無尽の働きをさせたという。SASは、アルゼンチン軍の通信施設を破壊し、補給部隊を急襲し、無線盗受を行って英国正規軍をバックアップしたという。
落合信彦は言う。「この分野でこれだけ広く、深く書かれた書は、おそらく本書が初めてだろう」
落合信彦の「訳者まえがき」のすぐあとに「序文」を載せているのは、ロバート・C・キングストン米陸軍大将(退役)である。
キングストン米陸軍大将(退役)は、「序文」で次のように述べている。
「ほとんどのエリートフォースは、国の最高レベルの統括下に置かれており、戦略的性格の任務を旨としている。行動に際しては、作戦司令部の指揮下、支援下に置かれる場合もあれば、通常部隊の指揮系統から独立して行動するエリートフォースもある。どのような形で展開されるにせよ、特殊作戦のあらゆる局面で慎重に計画を練り、心理作戦や欺瞞作戦を無理なく練りこんでいく必要がある」
1990年に刊行された本書で最も欠けている情報は、中共の特殊作戦部隊の情報がまったく欠けているということである。
また、特殊部隊の定義も変わりつつあるのかもしれない。本書の「武器と装備」では、銃器や車両や航空機が中心だが、現在の特殊部隊の中には、コンピューターとネット技術のみを武器とするサイバー特殊部隊もいるだろう。
いずれにせよ、本書は「バイオレントな現代史」と複雑怪奇な国際政治を考えるうえで、重要な基礎的情報を呈する書と言えるだろう。