『国家はなぜ衰退するのか ー 権力・繁栄・貧困の起源』上巻 アセモグル & ロビンソン
- 著者: ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン, 鬼澤 忍 訳
- 言語: 日本語版
- 出版社: 早川書房
- 発行日: 2013年6月25日。Kindle版は2013年8月15日
- 版型: Kindle版・単行本・文庫本
- 価格(税込): Kindle版:495円、 単行本:2,640円、 文庫本:1,100円
貧困と国家没落の一要因としての感染症
新型コロナウイルスの蔓延で、日本国は今衰退の瀬戸際にいる。日本だけでなく欧米や中国やアジア・アフリカなど世界各国の経済が危機に瀕し、多くの市民が貧困の陥穽の間際にいることを実感し始めている。
本書『国家はなぜ衰退するのか』でも、感染症の蔓延について、第四章の第一項「ペストが生んだ世界」で触れている。すなわち、14世紀なかばに「黒死病」(腺ペスト)が中国からシルクロードを通じてヨーロッパへと感染が広がった史実だ。中国武漢から始まった新型コロナウイルス感染が、欧州や日米や世界各国に広がっている現状ときわめて似ている。
著者は、このペストという感染症に対する政治経済社会の対応の違いが、その後の決定的に大きな違いを生んだと主張する。
14世紀初頭のヨーロッパを支配していたのは封建的秩序だった。すなわち、王と臣下の封建君主がいて底辺に農民がいた。農民は奴隷の身分だったため、農奴と言われた。農民は封建君主から土地を分け与えられた見返りに無給労働に従事し、貢納金と税金を納めなければならなかった。
感染症であるペストの蔓延によって、こうした封建的秩序が揺らぎ始めた。農民の大半がペストで死んでしまい、農民たちが貢納金と無給労働の削減を要求したのだ。農民は封建君主に対する多くの義務と強制労働から解放されはじめた。西欧では農民・労働者は希少となり、人々はより大きな自由を求めて農民の発言力が増した。
ところが、同じ状況であるはずの東欧では、まったく逆の論理が働いていた。
労働市場では人が少なくなれば賃金は高くなるはずだったし、西欧では事実そうなった。しかし、東欧では、封建君主がより強力に農民を奴隷状態に維持しようというまったく逆の方向に動いた。
東欧ではもともと西欧より広かった小作地をさらに拡大し、庶民の農奴化を進めた。東欧では労働者はもっと自由になるどころか、すでにあった自由さえも奪われる羽目に陥った。
こうして東欧では、都市は弱体化し、人口は減少した。
西欧と東欧 同一から別世界へ
1346年の時点では、政治・経済制度に関して西欧と東欧の違いはほとんどなかった。ところが、1600年までに西欧と東欧は別世界になっていたという。
西欧では、労働者は封建的な税金、貢納金、圧制と法規から解放され、成長する市場経済のカギを握る存在になりつつあった。
その一方で、かつては西欧とほぼ同じだったはずの東欧では、大多数の民衆が抑圧された農奴として農産物を作らされる奴隷的立場におとしめられたままだった。
著者は言う。「黒死病(感染症としてのペスト)は決定的な岐路の生々しい実例である」
決定的な岐路(分かれ道)。すなわち、西欧のイングランドでは、収奪的制度のサイクルを壊す道を開き、より包括的な制度の出現を可能とした。逆に、東欧では、著者いわく「再版農奴制」、つまり農奴制をさらに強力に国民に強いることによって収奪的制度が維持されてしまったのだ。
歴史の教訓: 感染症蔓延で政府はどんな政策を打ち出すべきか
14世紀のヨーロッパでのペスト蔓延で取られた政策の西欧と東欧との違いが、のちの決定的に大きな貧富と国力の差を生んだというその歴史的事実から、私たちは学ばなければならないだろう。
はからずも、日本では今日(2020/3/31)、赤羽国土交通大臣が閣議後会見で、新型コロナウイルスの感染拡大で飲食店などのもろもろの経営に深刻な影響が出ていることから、店舗が入るビルなどの所有者に対し賃貸料の支払いの猶予など柔軟な対応をとるよう要請する考えを示した。
これは、まさしく、14世紀のヨーロッパの西欧側で取られた政策:土地所有者への農奴たちの貢納金と無給労働の削減に等しい方向を向いた措置だと言える。
日本政府は、この減免措置を単なる「要請」にとどまらず、また単に飲食業の枠にとどまらせず、大々的な国費の投入を含めた、さらに強力な措置として実施していくことが必要だろう。
上記のように、本書『国家はなぜ衰退するのか』が国家の衰退の原因として挙げているのは、「感染症の蔓延」それ自体ではない。それに対する政府の悪しき政策である。
この書評では『国家はなぜ衰退するのか』上巻のほんの一部についてレビューしたが、次回は下巻についても取り上げたい。
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