『中国はなぜ軍拡を続けるのか』 阿南友亮 著
- 著者: 阿南友亮(あなみ ゆうすけ) 著
- 出版社: 新潮社
- 発行日: 2018年2月9日
- 版型: キンドル版・単行本・文庫
- 価格(税込): Kindle版:¥1,188、 単行本:¥1,650
世界一の中国通が書いた中国共産党の解体新書
Kindle版本書巻末にも著者略歴も見当たらないが、著者の阿南友亮は東北大学大学院法学研究科教授である。父上が外交官だったため幼い頃の数年間を中国で育ったとのこと。
阿南氏はアクセスが困難な中国奥地も踏破しており、中国全省(22省、5自治区、4直轄市、2特別行政区)を全て歩かれている。たぶん、中国全省を回った人間は日本人はおろか、外国人や中国人自身でさえもそうそうはいないのではないかと思われる。その意味では、「世界一の中国通」と言っても過言ではないのではなかろうか。
「あとがき」に書いてあるが、革命の聖地とされる延安に向かう途中で寄った村では村に水道さえなく、天秤棒で重い水くみ水運びが日々の欠かせない重労働だという状況を目の当たりにした。阿南はその地の農民に訊いた。
「共産党の革命を支えた地の農民たちがいまだに水にすら困っていることをどう思うか?」
農民の答えは、
「革命をやっても苦しさが変わらないのなら、これからも変わらないさ」
一党独裁と暴力は車の両輪
本書の構成は実によくできている。五つの部に分かれており、章立ては以下の通りである。
第Ⅰ部 現代中国における独裁・暴力・ナショナリズム
- 独裁と暴力
- 漂流する中国の近代化
- 「中華民族」という現実逃避
- 経済発展と格差拡大
- 「党軍」と「党の安全保障」
第Ⅱ部 毛沢東が遺した負の遺産
- 誰が中国の敵で、味方なのか?
- 新中国は解放軍なくして統治しえず
第Ⅲ部 分岐点となった80年代
- 「改革・開放」の光と影
- 「独立自主」と解放軍の改革
- 崩れたバランス
第Ⅳ部 軍拡時代の幕開け
- ポスト天安門期の危機が生んだ新指導部
- 共産党の生き残りを賭けた諸方策
- 二つのディレンマの呪縛
第Ⅴ部 軍拡時代の解放軍
- 軍拡にはしる解放軍の「意図」
- 解放軍の「能力」診断
中国の「人民解放軍」がその名称のイメージとは違って、人民(国民)のための軍隊ではありえず、むしろ、人民を弾圧する軍隊であるということが誰の目にも明らかになったのは、1989年6月4日の北京天安門広場での人民解放軍の戦車や装甲車が民主派の学生たちを蹂躙する現場映像の放送だった。西側各国テレビ局による生中継のための中継回線は中国共産党の報道管制によって次々と遮断されていったが、各局は生中継からビデオ録画と電話音声中継に切り替えて放送した。
中国共産党による独裁と、民主化を抑える暴力とは車の両輪であり、「人民解放軍」が国家国民を守るための軍隊ではなく、共産党を護るための「党の軍隊」であるということが、天安門事件を通じて世界の誰の目にも明らかになったのであった。
党の威嚇・恫喝の手段としての解放軍
中国共産党 は、天安門事件以降ほぼ毎年二桁という伸び率で「 国防費」( 解放軍関連の支出項目の一つ)を増やし続けており、その「公表額」 は2016年に日本円で約18兆円という規模に達した。ちなみに同年の日本の防衛予算は5兆円弱であり、米国の国防予算は約62兆円であったが、阿南によると、中国の「国防費」は、解放軍の人件費、事務費、部隊の活動経費、国内での装備の調達および装備の維持費をカバーした支出項目であり、たとえば、解放軍が力を入れている兵器の研究・開発や外国からの装備調達に関する支出はカウントされていないという。また解放軍が設立した企業の収益も解放軍の貴重な資金源となっているが、これについては断片的な情報しかない。解放軍系企業の主要な事業の一つに武器輸出があるが、これだけで日本円にして年間数百億円 の売り上げがあると推定され、これらも含めれば解放軍が毎年手に入れている資金は「国防費」よりもかなり大きくなる可能性があるという。
阿南によれば、共産党にとって解放軍は、共産党の一党支配に害を及ぼすかもしれない国内外の潜在的な対抗勢力に対する威嚇・恫喝の手段でもある。こうした威嚇・恫喝は、国際的にはもっぱら米国および 日本をはじめとする複数の周辺国に向けられている。国内的には、政治体制改革の必要性を訴える知識人とそれに同調する民衆や 民間団体から成る「民主化」要求運動に向けられている。同胞として尊重すべきエスニック・マイノリティーや台湾の民衆も威嚇・恫喝の対象となっているという。
阿南は言う。「人民解放軍」は「プライベートな暴力装置」である。すなわち、「人民解放軍」という軍隊は、実質的にも制度的にも共産党直属の軍隊であり、国家に所属する軍隊ではない。つまり、「人民解放軍」は「世界最大の私設軍隊」である。その淵源は、毛沢東が遺した独裁保持のための暴力装置という負の遺産である。
本書は、驚くほどに中国の全土の実態を知った著者による、理路整然としたすばらしい著作である。中国の歴史と現在の中国にご興味があり、かつ中国の未来がどうなっていくのかを知りたい方ならば、必読の書だと思う。
こんなすばらしい中国研究者たる阿南友亮氏が日本のテレビにあまり露出しないのは何故なのだろうかとさえレビュアーは考えたが、やはり、東北大学は東京のキー局から遠いからという単にそれだけの理由なのであろう。でも、コロナ渦でテレビ出演者のリモート出演が増えている昨今、もっとテレビニュースの解説にも出てほしい方だとレビュアーは切に感じた。
なお、本日(2020年7月14日)の世界各紙の報道で、米国のポンペオ国務長官(US Secretary of State Mike Pompeo)は声明を出し、「中国が南シナ海のほぼ全域で海洋資源権益を主張し一連の権益を支配しようと近隣諸国を虐めているのは完全に違法だ」("Beijing's claims to offshore resources across most of the South China Sea are completely unlawful, as is its campaign of bullying to control them.")と言明した。ルールに基づく国際秩序を支持する米同盟・パートナー諸国が共有してきた南シナ海における利益は「中国からの未曾有の脅威にさらされている」と述べた。
中国共産党の暴力装置と周辺各国との軋轢はますます増大しつつある。こうした軋轢の先にある中国共産党の出方を予測するうえで、本書の分析は欠かせないように思える。
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