『アメリカ大統領戦記 1775~1783 独立戦争とジョージ・ワシントン[1]』 兵頭二十八
- 著者: 兵頭二十八
- 言語: 日本語版
- 出版社: 草思社
- 発行日: 2015年6月3日。Kindle版は2013年8月15日
- 版型: 単行本
- 価格(税込): 単行本:2,640円
なぜアメリカ大統領には戦争指導者の質が問われるのか?
本書は書名の通り、英国の植民地のひとつにすぎなかったアメリカが英国に反旗を翻して独立戦争を戦った時代に、その新しい国の大統領がどのように戦ったかということを記録を基に克明にあらわした本である。
その後、20世紀の超大国(スーパー・パワー)となることがこの独立戦争の過程を通じて運命づけられたと著者は言う。そして、アメリカ大統領が、戦争指導者としての質の高さが必須の条件のひとつとされることが、この独立戦争で決定づけられたのだ。
本書は、シリーズ[1]と[2]のうちの第1巻であり、本書[1]の章立ては次のようになっている。
- 若きジョージ・ワシントン
- ノースブリッジの銃声
- ボストン包囲戦
- 独立宣言
- イギリス軍の南部作戦
- ニューヨークの攻防
- ニュージャージー退却戦
- 名将ハウの退場
- サラトガの快勝
著者の兵頭は、アメリカが大英帝国に宗主権を放棄させて、その後世界強国となった理由は、有権者の質が高かったからであり、質の高い有権者が質の高い州政府や連邦政府を作ったからだとしている。質の高い政府は適切な戦争指導ができて、ジョージ3世とその廷臣らが率いる戦争指導よりもうまく事を運ぶことができたと述べている。
ヴィヴィッドな反乱と戦況の描写
本書の読書は、その当時のアメリカの反英闘争のさなかにタイムマシンで連れていかれる。そのくらい、アメリカ東部の入植者(コロニスト)たちの憤りと英国王への絶縁と反乱闘争に至る経過がヴィヴィッドに描かれている。
本書を読んでいて何よりも興味深いのは、著者は陸上自衛隊出身の軍事評論家であるために、当時の武器兵装の描出がきわめて緻密であることである。たとえば当時の軍用小銃であったマスケット銃の性能が当時の戦法の形を決めていたと記している。マスケット銃は銃腔内にライフリング(螺旋状の溝)が刻まれていない。そこから発射される鉛の玉(丸い球状の弾丸)は空気抵抗を受けてまっすぐに飛ばずにカーブしてしまうという。しかも発射時のフリント(ひうち石)による撃発機構が、不着火の率もかなり高かったという。当時のひうち石式フリントロック銃は、なんと2発に1回もの不発がありえたというのだ。しかも、タマが出たとしても遠くからだと当たらないので、敵に近づいてから撃たなくてはならないが、50メートル以下まで近づくと、次の玉を込める時間と機会もないので、いったん撃ったら銃剣を使った突撃に移行せざるを得なかったという。
植民地には新英派(ロイヤリスト)の入植者たちも少なからずいたことから、英国はそれらのロイヤリストを使った諜報網を得ていたはずだが、反英派の入植者たちも英国軍の動きを素早く察知すべく広範な諜報網を構築して情報を得るようにつとめていた。
当初の反乱軍と英国軍の戦いは、英国にとっては、反乱分子の鎮圧作戦にすぎなかった。ところが、その状況を変えたのが、1776年に大陸会議で議決された「独立宣言」であった。このアメリカ独立宣言によって、英国にとっての単なる「植民地内の反乱分子」は、「主権国家」となり、独立戦争は主権国家間の戦争となったのだった。
陸自戦車連隊の経験を有する軍事評論家
著者の兵頭二十八は、陸上自衛隊に二等陸士として入隊し戦車連隊に配属された貴重な経験を有する。その後、東京工業大学大学院を修了して軍事評論家となり、日本の安全保障にも提言している。
「第一巻あとがき」を読んで私(書評者)が驚いたことは、著者が「アメリカ大陸にも米国の島嶼領土にもかつて足を踏み入れたことがない」と書いていることだった。それを読んで私が思い出したのは、ルース・ベネディクトの日本文化論『菊と刀』だ。私は日本文化の詳細を叙述した『菊と刀』を読んで、ベネディクトは日本に来てどのように学んだのだろうかと思ったのだが、彼女が一度も日本の地を踏んだことがないと知って驚愕した。おそらく優れた著述者は、自らの現場の経験が豊富なために、膨大な資料を基に自分の頭の中でヴィヴィッドな状況が描出できるのだろうと思う。
本書は、アメリカの反英闘争が独立運動になり、「独立宣言」を経て主権国家間の戦争を戦い抜いたアメリカ合衆国という国の有能な人々の働きをヴィヴィッドに描いた書である。「アメリカ独立宣言」や「独立戦争」に興味がある人のみならず、現在のアメリカという国の政治の仕組みの由来について興味がある人にとっては読むべき書籍と言えよう。
単行本