『アメリカ海兵隊 非営利型組織の自己革新』 野中郁次郎 著
- 著者: 野中郁次郎
- 出版社: 中央公論新社
- 発行日: 1995年11月25日
- 版型: 新書版
- 価格(税込): ¥880-
経営学者 野中郁次郎によるアメリカ海兵隊の研究
本書は、経営学者として名高い野中郁次郎によるアメリカ海兵隊の研究である。野中郁次郎は元防衛大学校教授、一橋大学名誉教授で、カリフォルニア大学バークレー校の名誉教授でもある。
野中郁次郎がアメリカ海兵隊という組織に関心を持ったきっかけは、日本軍敗戦の構造的研究である『失敗の本質』(中央公論新社)の共同研究で太平洋戦争について考究したのが契機だったという。野中は、ガダルカナルの戦闘で旧帝国陸軍が対峙したのがアメリカ陸軍ではなくてアメリカ海兵隊であったことを知り、海兵隊の独特の戦い方に強烈な印象を受け、その後、海兵隊関連の英書の収集と研究にのめりこんだ。海兵隊に興味を持ってから本書の刊行まで、15年の月日を要したと野中は記している。
野中は「はじめに」で次のように述べている。
「これから述べる海兵隊の歴史では、私が発掘した事実・データは一つもない。それらは、すべて文献に依っている。しかしそのまとめ方は、私なりの視点に基づいている。そして、最後の章で海兵隊の今日までの変革の歩みを分析して、自己革新組織の概念化も試みた」
本書の構成と内容
本書は次のような章立てとなっている。
- 存在の危機
- 新たな使命の創造──水陸両用作戦
- 教義の実践──南太平洋方面作戦
- 教義の革新──中部太平洋方面作戦
- 革新への挑戦──水陸両用作戦を超えて
- 組織論的考察──自己革新組織
アメリカ海兵隊の誕生は、アメリカ独立戦争が始まって間もなくの頃にさかのぼれるという。1775年11月10日、大陸会議(コンチネンタル・コングレス)は、大陸海兵隊(コンチネンタル・マリーンズ)と呼ばれる小さな軍事組織(2個大隊)の創設を決議したのがそれだ。海兵隊の合衆国における創設は、単に英国本国に海兵隊(ロイヤル・マリーンズ)という組織があったので、それを真似て作られたにすぎなかったという。
海兵隊の最初の新兵募集は、タン・タバーンという居酒屋で行われ、その所有者であったキャプテン・ロバート・ムランによって始められたというのが面白い。アメリカ海兵隊の生誕地は、居酒屋だったのである。最初の海兵隊司令官もサミュエル・ニコラスという居酒屋経営者だったのだという。
1853年7月8日にマシュ・ペリー提督が「黒船」で日本の浦賀に来航した時に、アメリカ側使節に随伴して上陸したのが200人のアメリカ合衆国海兵隊だったという。
水陸両用作戦
水陸両用作戦(amphibious operations)については、大海軍国だった大英帝国は昔から関心を持って研究してきたという。
アメリカ海兵隊幕僚のアール・H・エリスは、中部太平洋諸島の制圧なくしては海軍の効率的な対日侵攻はあり得ないし、日本本土を叩く大型爆撃機を発進させるべき陸軍航空隊の前進基地としての島嶼(とうしょ)確保は難しいと考えた。この前進基地奪取というコンセプトを実現するべく、上陸作戦(水陸両用作戦)のマニュアルが作られていった。こうした水陸両用作戦には、次の5つの要素があるとされた。
- 指揮系統
- 艦砲射撃
- 航空支援
- 上陸行動と海岸確保
- 兵站
上記のうち、航空支援については、まずは制空権の確保が重要であり、そのためには、彼我の空中勢力で、我3 対 相手1という航空機物量的優位性を前提とした。そのうえで、航空支援の役割を次の3つに定めた。
- 偵察
- 輸送船から揚陸艇への移乗の間の戦闘機による護衛
- 地上の敵機ならびに長距離砲に対する爆撃
経営学的かつ組織論的考察
経営学者の野中郁次郎は、アメリカ海兵隊に対する組織論的考察において、海兵隊の組織を「自己革新組織」だと呼んでいる。
自己革新組織とは、絶えず自ら不安定性を生み出し、そのプロセスのなかで新たな自己創造を行い、飛躍的な大進化としての再創造と連続的で漸次的な小進化を、逐次あるいは同時に行うダイナミックな組織であると野中は定義している。そして、この自己革新組織を成立させるために必要な要件として、次の6つの要素を挙げている。
- 存在理由への問いかけと生存領域(ドメイン)の進化
- 独自能力──有機的集中を可能にする機能配置
- 分化と統合の極大化の組織
- 中核技能の学習と共有
- 人間=機械系(マン・マシン・システム)によるインテリジェンス・システム
- 存在価値の体化
大日本帝国陸軍は太平洋戦争当初は無敵の進撃を続けたが、戦争の後半においては、兵站が途絶したこともあって兵力を物量で集中するアメリカ海軍とアメリカ海兵隊とに惨敗した。一方でアメリカ海兵隊が奪取した中部太平洋の島からはアメリカ陸軍の爆撃機が飛び立って日本本土に焼夷弾と爆弾を落とし続けた。
本書には、アメリカ海兵隊に関する驚くべき事実がこれでもかと詰め込まれている。「これから述べる海兵隊の歴史では、私が発掘した事実・データは一つもない」と野中は言っているが、これだけの事実やデータをまとめるのには15年の月日を要したのである。アメリカ海兵隊は今も1万5千人ほどが日本の米軍基地に駐留しているとされており、米中や中台の対立激化の情勢のなかで、私たちはもっとアメリカ海兵隊について知るべきであると私には思える。本書はそのためにも、今読むべき本だと思われる。
新書版