国際政治

中国エリート将校が書いた、制限を超越した戦争論

2020年3月24日

『超限戦』

  • 著者: 喬良, 王湘穂, (坂井臣之助 監修, 劉琦 訳)
  • 出版社: 株式会社KADOKAWA(角川新書)
  • 発行日: 2020年1月10日
  • 版型: キンドル版・新書版
  • 価格(税込): Kindle版:1,188円、新書版:1,320円

 

あらゆる制限を超越した戦争

本書『超限戦』は、中国人民解放軍のエリート将校である喬良と王湘穂の共著で、数年前に人民解放軍系の出版社から再上梓されて中国でベストセラーとなった。

しかしそもそもは軍事理論の専門書として出されたもので、喬良と王湘穂の原書は1999年の初版にさかのぼる。喬良と王湘穂は、戦争の形態は軍事の枠を超越して非軍事の領域まですべてを動員することになるだろうと予言した。

1999年の初版が出されるとその衝撃的な内容はたちまち世界をざわつかせた。中国本土の軍事情勢を常にウォッチしている台湾が『超限戦』に注目し、米国でも軍や政治家やマスメディアが『超限戦』を大きく取り上げた。1999年当時は、李登輝 台湾総統が「二国論」発言をし、中国共産党が武力侵攻も辞さない姿勢を表すなどして台湾海峡が一触即発の危うい情勢となっていた時期でもあった。(今の状況に似ている。)

『超限戦』は、過去の戦争の枠(フレームワーク)を大きく超えた新時代の戦争形態を示すものとして、アメリカ海軍大学で参考テキストにもなった。

特に、ハイジャックした民間航空機を武器に転用した9.11同時多発テロが起こると、『超限戦』は9.11テロを予言した書ともされた。

『超限戦』は世界の軍事専門家を中心に熱心に読み継がれ、日本でも2001年に共同通信社から和訳書が出されたが、ひとたび絶版になると古書価格3万円を超えて取引されるマニア垂涎の希覯書(きこうしょ)とされていた。このたび(2020年)、角川新書で再版され入手可能となった。

著者は、「日本語版への序文」の中で次のように述べている。

「2001年9月11日以後、私たちは数多くの電話を受けたが、一番多かったのは、【不幸にも予言が当たりましたね】という言葉だった。それはニューヨークのマンハッタンで起きた正真正銘のアメリカの悲劇を指していた・・・ビンラディン式のテロリズムのほかにも、われわれは、ハッカー組織が仕掛けるネットテロや金融投機家たちが引き起こす金融テロなど、その他のさまざまなテロリズムに直面するだろう」

 

軍事ではない戦争行動

喬と王(著者)は、「非軍事の戦争行動は全世界で頻繁にくり広げられるもう一つの戦争になりつつある」と言う。非軍事の戦争行動とは何か?それはたとえば「貿易戦」であり、「金融戦」「生態戦」もある。

貿易戦とは、関税障壁の恣意的な設定と破棄、経済制裁、スーパー301条などを手段として著者はあげている。

金融戦は例として東南アジアの金融危機をあげている。それを周到に仕掛けたのは国際ヘッジファンドだったと著者は言う。

生態戦は地球の生態系を利用した戦争で、現代技術を運用して川、海、地殻、南極や北極の氷、大気圏やオゾン層の自然状態に影響を及ぼし、降水量、気温、大気の成分、海面高度、日照などを改変したり、地震を発生させるといった方法で非軍事戦争を遂行することだという。エルニーニョ現象やラニーニャ現象も、そう遠くない将来に一部の国や非国家組織によってスーパー兵器とされるかもしれないと著者は言う。

著者は、「軍事」と「超軍事」と「非軍事」の3つのカテゴリーがあるとして、それぞれの手段を以下のように分類している。

  1. 「軍事」: 核戦争、通常戦、生物化学戦、生態戦、宇宙戦、電子戦、ゲリラ戦、テロ戦。
  2. 「超軍事」: 外交戦、インターネット戦、情報戦、心理戦、密輸戦、麻薬戦、威嚇戦。
  3. 「非軍事」: 金融戦、貿易戦、資源戦、経済援助戦、法規戦、制裁戦、メディア戦、イデオロギー戦。

上記の各カテゴリーの中のそれぞれの手段は、単一に用いられるよりも複数を同時に組み合わせて使うことがより多大な戦果をもたらすと著者は主張し、ゆえに「超限戦」は「超限組み合わせ戦」であるとしている。

 

国際組織の影響力の支配

この「超限組み合わせ戦」を完璧なものとするために、必要な原則が8つあるとしている。それは、全方向度、リアルタイム性、有限の目標、無限の手段、非均衡、最小の消耗、多次元の協力、全過程のコントロール である。

それらの中でも、多次元の協力とは、「1つの目標が覆う軍事と非軍事の領域において、動員できるすべての力を協力して配置する」ということだと著者は言う。

すなわち、無形の戦略資源として、地縁的要素、歴史的地位、文化的アイデンティティー、および「国際組織の影響力の支配や利用の運用」に特に注目を払うべきだとしている。

昨今、新型コロナウイルスの感染拡大を機に、国連機関での中国の発言力拡大への懸念が改めて浮上していると報道されている。現在、15の国連専門機関のうち4機関のトップを中国が務め、また、WHOのテドロス事務局長があからさまに中国を擁護していると指摘されているが、こうした「国際組織の影響力の支配や利用の運用」は、そもそも本書が20年前から主張してきたことであり、中国共産党がそれを自らの戦略として着々と工作を実行してきたことなのである。

著者は「後記」で本書を執筆する動機に触れている。軍事演習に参加するため福建省に赴いた際に喬と王(ふたりの著者)は出会った。当時、台湾海峡では一触即発の雰囲気があり、アメリカの2つの空母機動部隊も駆けつけてきていて嵐の前の雲行きだったという。著者は言う。その緊迫感の中で「眼中に形勢あり、胸中に策略あり」という感慨が生まれた。

中国は紀元前500年頃に世界最古の戦略兵法書『孫子』が成立した国である。喬良と王湘穂は、その伝統を受け継ぎながら、戦略に新たな次元を提示した。

畏怖すべきことだが、これは世界で起きつつある事実でもある。
 

 

  • この記事を書いた人
  • 最新記事
石川 雅一

石川 雅一

 東証ペンクラブ 会員。学校法人評議員。 元日本放送協会で国際報道に従事。アフガニスタン内戦、カシミール内戦、パンチャヤト大暴動( ネパール)、湾岸戦争、アメリカ航空宇宙局(NASA)、国連安全保障理事会、ニューヨーク市警、米国核廃棄物、ロスアラモス国立研究所、米国海軍、米加漁業紛争、京都の歴史文化伝統産業などを取材。国際機関アジア太平洋放送開発機構講師(JICA専門家)としてクアラルンプールでアジア各国の放送局のジャーナリストを育成指導。金融市場分析のテクニカルアナリストとして日本の全産業三千数百社の上場企業のテクニカル分析をダイヤモンド社で三季にわたって完遂。  早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程中途退学。早稲田大学大学院商学研究科専門職学位課程修士(研究科長賞受賞)。MBA( Le Cordon Bleu; Global Service Business, WBS)。Certified Financial Technician(CFTe Ⅱ)。 一級小型船舶操縦士、剣道初段、趣味は能楽。

-国際政治

Copyright© 石川雅一の書籍漂流  , 2020 All Rights Reserved.