『禅語を読む』 沖本克己, 角田恵理子 著
- 著者: 沖本克己, 角田恵理子 著
- 言語: 日本語
- 出版社: 講談社
- 発行日: 2017年2月1日
- 版型: Kindle版, 文庫版
- 価格(税込): Kindle版:¥935-, 文庫版: ¥1,023-
「茶掛」が読めるようになる本
「茶掛」(ちゃがけ)とは、茶室の床の間に飾られる掛け軸のことである。茶掛に書かれている言葉は、ほとんど全てと言ってよいくらいに「禅語」だという。「禅語」とは、禅の修行者が悟りに至るためのヒントとなる心境や場面などを書いた言葉である。
茶道(さどう・ちゃどう)と禅宗とは、さほどに密接につながっている。茶を日本に最初に持ち込んだのは遣唐使ともいわれているが、その後、本格的に喫茶の習慣を広めたのは臨済宗開祖の栄西(1141~1215 ようさい・えいさい)だという。栄西は茶の実を宋から日本に持ち帰り、栂尾(とがのお)高山寺(こうざんじ)の明恵(1173~1232 みょうえ)はその種子を寺の山中で栽培を始めた。京都宇治で茶の栽培を導入させたのも明恵上人(しょうにん)だという。蒸して炒って臼で引くという抹茶の飲用法は、そのまま茶道の原型となった。茶は眠気を防ぐ作用があるから、座禅中の睡魔が修行の妨げだとされた禅宗には親和性が高かったのだろう。臨済宗や曹洞宗では喫茶が修行に取り入れられ、点(た)てた茶が仏様へ献上される献茶の儀式も成立した。
禅語の話に戻るが、著者の沖本克己によれば、禅語は、禅僧の偈頌(げじゅ: 韻文・詩)のみならず、老子・荘子・孔子の言葉であったり、詩人の韻文であったりするという。本書は仏教学者である沖本克己(花園大学名誉教授)と、書家で書道史家の角田恵理子というふたりがコラボした本となっている。実際の書の写真が豊富に掲載されてあり、まず、禅語の解説を沖本博士が行い、そのあとで角田氏が、その書を書いた人のことや、書の見どころや「書相」や書の「くずし」について解説している。であるから、「くずし」た文字で書いてあるので初見だったらとても読めそうにない字も、禅語の解説と読み比べることで、茶室や寺院の一室で出会ったときに、「あ、アレだな!」と読めるようになるかもしれない。
角田恵理子氏は、「書の世界」について「書作は書法や技倆の巧拙を超えた世界にあって、時に重く、厳しく、時に静謐に澄み渡った枯れた情趣を湛える」としている。
(写真: 石川雅一)
150の禅語を収載
本書には、150の禅語が253ページのなかに収載されている。その禅語の数は「辞典」という名にしては少ないかもしれないし、膨大な数の禅語の世界からするとわずかな数ともいえるかもしれない。しかし、読む本としてはこのくらいの数が適当なのだろうとも思えるし、茶室によく掲げられる代表的な禅語はおそらくは押さえているのだろう。「辞典」の名にたがわず「あいうえお」順で禅語が並んでおり、巻末には人名索引もあって、書をかいた人から検索することもできる。本書に写真が載っている書をかいた人としては、沢庵宗澎や夢窓疎石や一休宗純のような有名な禅僧のほかに、千宗旦のような茶人、松平不昧(まつだいら ふまい)のような藩主、斎藤茂吉のような歌人、徳冨蘆花や夏目漱石のような小説家、西田幾多郎のような哲学者、鈴木大拙のような仏教学者、そして岸信介のような政治家もあって、きわめて多彩である。
収載されている禅語のなかには、誰にでも広く知られている「喫茶して去れ」とか、「色即空々即色」とか、「殺人刀活人剣」(せつにんとうかつにんけん)や「無」もあれば、その一方で、「放下著」(ほうげちゃく)とか、「龍吟じて雲起こり虎うそぶきて風生ず」とか、「雲嶺頭に在りて閑不徹」のようなかなり解釈が難しい禅語も多く載っている。
本書は、禅語の解説を読んで、書の写真を見て感じる、その双方を楽しめる貴重な書だと思う。
『禅語の茶掛を読む辞典』