『米中海戦はもう始まっている 21世紀の太平洋戦争』 マイケル・ファベイ 著, 赤根洋子 訳
- 著者: マイケル・ファベイ 著, 赤根洋子 訳
- 出版社: 文藝春秋
- 発行日: 2018年1月25日
- 版型: キンドル版・単行本・文庫
- 価格(税込): Kindle版:¥1,629、 単行本:¥1,980.
米中は既に西太平洋で戦争状態にある
著者のファベイは本書の序章で次のように述べている。「米中は現在、西太平洋で戦争状態にある。そう聞けば、たいていの読者はおそらく驚くだろうが、もう一度言う。アメリカ合衆国と中華人民共和国は現在、西太平洋で戦争状態にある。今このときにも、何万というアメリカ海軍兵士やパイロットや海兵隊員が西太平洋上で、西太平洋上空で、あるいは西太平洋の水面下で命を 危険にさらして戦っている」
ただし、ファベイは続ける。それは熱い戦争ではない。しかしながら米ソ間で戦われた冷たい戦争でもない。現在の米中間の戦争は、熱戦と冷戦の中間にある「暖かい戦争」である。そして、その温かい戦争を中国はアメリカに仕掛け続けてきて、「アメリカはこの戦争で負け続けてきた」とファベイは言う。アメリカの「負け」とは、南シナ海や東シナ海での国際法を無視した公海の現状変更を許してきてしまったということである。そして、過去のアメリカの政治指導者(オバマ大統領)はその戦争に勝とうともしなかったし、負けるかもしれない状況を看過してきたとファベイは言う。
ピュリッツァー賞候補にもなったファベイ
マイケル・ファベイはアメリカの軍事ジャーナリストで、アメリカ海軍やアメリカ国防総省との独自のパイプを武器に、エコノミスト誌やディフェンスニュース誌やエイヴィエイションウイーク誌などで記事を書いてきたが、それらの優れた記事には既に20以上の賞が与えられているという。アメリカ海軍の新型艦の不具合を隠蔽しようとした事件に関する記事では、ピュリッツァー賞にノミネートされ、惜しくもピュリッツァー賞は逃したが2014年のティモシー・ホワイト賞を受賞したという。
本書の章立ては、次のようになっている。
- 米中が繰り広げる新たな戦争
- 中国空母「遼寧」に接近せよ
- アメリカ一強時代の終わり
- 中国海軍の野望とトラウマ
- 海南島事件の衝撃
- 米軍艦見学ツアーへようこそ
- 緊急停止!
- 対中強硬派の逆襲
- 「空母キラー」がすべてを変えた
- 軍事要塞と化した南シナ海
- ドナルド・トランプという選択
民主党のオバマ政権は中国の野望を野放しにした
親中派のオバマ政権は、中国が南シナ海で覇権を唱えて進出するのをほとんど野放しにした。それどころか、米国が主催する西側諸国最大の合同海軍演習「リムパック」にこともあろうことか、中国海軍を招待したのである。中国政府も、リムパックへの中国海軍の参加は、世界の海における中国および中国海軍の重要性が認められた印だと表明した。ところが、リムパックが始まってみると、米国海軍を始め参加した諸国海軍は口を開けて唖然とした。なぜならば、リムパック合同演習に中国海軍は堂々とスパイ船(情報収集船)を連れてきたからであった。オバマ大統領が中国海軍をリムパックに招待したことに批判的だった人々は、「だから言わんこっちゃない」と批判した。ランディ・フォーブス下院議員は、「演習の真っただ中に情報収集船を送り込むことで、彼ら(中国)は他の参加国を侮辱することを選択したのだ」と述べた。
中国は東南アジア諸国に領有権があるとされる南沙諸島のサンゴ礁に多数の埋め立て船を送り込んで人工島を造ってしまった。この南沙諸島の人工島について、習近平はオバマ大統領に対して、「人工島が軍事利用されることはない」と約束し、オバマ大統領はその約束を信じているようにみえたという。これに対して、当時まもなく太平洋軍最高司令官に就任する海軍大将のハリー・ハリスは、米上院軍事委員会で次のように言った。「中国は明らかに南シナ海に軍事拠点を置こうとしています。それは、地球が平らでないのと同じくらい明らかなことです」
ハリー・ハリスはご存じの通り、日系アメリカ人で初めて海軍大将になった人物で、2020年現在、駐韓米大使をしている。ハリス大使が日系人ということで、「ハリスの髭は日帝的だ」などと韓国国民から不当な辱めによって虐められていることは報道されている通りである。
米国海軍の復活を推進したトランプ政権
米国海軍は、かつて600隻近くあった海軍艦艇が冷戦終結以降、減りに減らされ、とうとう300隻を切るまでに削減され、海軍は1隻・1ドルを獲得するための国内での戦いに尽力しつつも、その戦いに一貫して負け続けてきたとファベイは言う。「なんで軍艦がこんなに高いんだ」、「どうして納期も予算もオーバーしているんだ」と、海軍大将たちは議会の委員会で民主党からも共和党からもコテンパンにされつづけてきたという。
ところが、ドナルド・トランプがアメリカ大統領に当選してから数週間経った頃、海軍予算を編成していた海軍大将たちにトランプの政権移行チームから、いまだかつて聞いたこともないような内容の電話がかかってくるようになったという。
「海軍が本当に必要としているものを言ってくれ」、「もっと軍艦がほしいか?」、「もっと飛行機がほしいか?」、「レールガン(新型兵器)を買うカネがもっとほしいか?」、「高エネルギーレーザーはどうだ?」、「無人機の研究開発費は?」、「なんでも言ってくれ。財源は心配しなくていい。議会の予算カッターが何というかも心配しなくていい。実際に手に入るだろうと思っているもののリストじゃなくて、本当にほしいもののリストを渡してくれ」・・・・ このようなトランプの政権移行チームからの電話の内容に、海軍高官は従来とのあまりの変わりように耳を疑ったという。海軍のトップは長らく、軍艦保有数を何とか300隻にまで戻せたらと希求してきた。ところが、それをトランプの政権移行チームはその艦艇数を一挙に350隻にまで戻すと明言したのだった。それは、単に対中対立のためだけではなく、また、アメリカの海軍力をより力強く世界中に投射するためだけでもなく、不振に陥った米国の造船業界を活気づけるためにもそうすると主張したのだった。米国海軍がそんな言葉を政府から聞いたのは、30年前のロナルド・レーガン大統領以来の事だった。
本書が邦訳されて日本で上梓されたのは一昨年のことであるが、中国から伝染した武漢ウイルスが全世界で蔓延しつつある2020年夏現在、米中関係は南シナ海でさらに対立を激化させつつある。本書は米中海戦は既に始まっていて、それは冷戦でもなく熱戦でもない暖かい戦争だと言っているが、現状ではさらに進んでほとんど熱い戦争の間際にあると言って間違いないだろう。本書は、今こそ読むべき書であると思われる。