『経済人の終わり』 P・F・ドラッカー 著, 上田惇生 訳
- 著者: P・F・ドラッカー著, 上田惇生 訳
- 言語: 日本語版
- 出版社: ダイヤモンド社
- 発行日: 1997年5月29日。(赤表紙の現行版は2007年11月16日。)(英語版原著の発行年は1939年。)
- 版型: Kindle版、 単行本
- 価格(税込): Kindle版: ¥1,584円、 単行本: ¥2,200円 (2007年版の価格)
戦前に若き ドラッカーが書き、たちまち世界的ベストセラー
本書"THE END OF ECONOMIC MAN"は、ピーター・F・ドラッカー(Peter Ferdinand Drucker: 1909~2005)が、戦前のナチズムが台頭しヒトラーが政権をとった直後に、ドラッカーが20代なかばだった時にドイツで書きはじめ、政治亡命後にアメリカで出版したドラッカーの処女作である。全体主義を批判した本書は、アメリカで出版されるや たちまちベストセラーとなり、イギリスでは、首相になる前のチャーチルが本書を激賞した。その後に首相になったチャーチルは、イギリス軍士官学校の卒業生への支給品のなかに「必需品」として本書を加えさせた。
亡命前、ドイツのフランクフルト大学で法学博士となったドラッカーは、国家社会主義ドイツ労働者党(または 国民社会主義ドイツ労働者党: 通称「NS」または「ナチス」)のヒトラーや党幹部らに直接インタビューし、本書を「ナチズムの悪魔学における反ユダヤ主義の位置づけ」として書きはじめ、身の危険を感じて故郷ウィーンを経てイギリス、そしてアメリカへと渡って政治亡命したのだった。
ピーター・ドラッカーは日本では多くの人々から「経営学の先生」として知られている。しかし、本書はドラッカーのもうひとつの側面、社会学者としての社会学の本であり、全体主義批判の書である。
左翼「マルクス主義の修辞」を借りた極右
第一次大戦以前に世界の知的エリートたちが魅せられたマルクス主義は第一次大戦後は急速に輝きを失い、マルクス主義は知的破産をして大衆化したと、ドラッカーは言う。この大衆化の過程で、知性とかけ離れた「イズム(主義)」の扇動家たちは、大衆化したマルクス主義の修辞を使い始めた。たとえば、イタリアのムッソリーニは、マルクス主義の残滓の寄せ集めを「反マルクス主義」と称して、自らの知的空虚を隠したのだとドラッカーは言う。マルクス主義は宗教的熱狂が消え失せた「死体」となってから「自称知識人」の修辞として使われ始め、全体主義が興隆する中心的な要因となったとドラッカーは述べている。国家社会主義ドイツ労働者党(または 国民社会主義ドイツ労働者党: 通称「NS」または「ナチス」)も、こうした流れの中で、急激に台頭勃興してきた政治運動だったのである。
全体主義とはなにか
ドラッカーは言う。「全体主義には、前向きの信条がないかわりに、おびただしい否定がある。・・・・・・ファシズムにおいては、歴史上のいかなる政治運動と比べても、過去の否定がはるかに徹底している。なぜならば、否定がその綱領だからである。しかも、さらに重要なこととして、ファシズムは、理念や存在が相互に対立関係にあるとき、それらの双方を同時に否定する。」
この「理念や存在が相互に対立関係にあるとき、それらの双方を否定する」ということの事例として、ドラッカーは、「反リベラルであると同時に反保守である。反宗教であると同時に反無神論である。反資本主義であると同時に反社会主義である。反軍国主義であると同時に反平和主義である。反大企業であると同時に、あまりにも多すぎるがゆえに反職人、反商店である」と述べている。
労働者に対する労働者による独裁
社会主義による革命は、恵まれない大多数の大衆に平等をもたらすと信じられてきた。しかし、あらゆる人間が自らの働きによって報酬を受けるというテーゼが喧伝(けんでん)されつづけたものの、現実に起こった事実は、権力、地位、革命の果実は、結局は新たに生まれた特権官僚の手に旧体制の手から渡っただけだった。つまり、社会主義の失敗は、プロレタリア(無産労働者)の名のもとに権力を握った少数の人間が、それをプロレタリア、大多数の人民に返す日は永遠に来ないということだったという。ドラッカーは次のように述べている。
「スターリン主義は社会主義ではない。しかし、それは反共主義者がいうような単なるスターリンの権謀でもない。革命につづく必然が社会主義を不可能にしただけである。」
本書は、左翼にせよ右翼にせよ、知的論理から乖離した、なんでもかんでも否定する、「否定の綱領」が独裁と全体主義を生み出すとした点で、慧眼きわまりない。
ピーター・ドラッカーは「経営学の巨人」とされているので、経営学の研究者であった私(書評者)はひととおりドラッカーの本を原著(英語版)から読んでいる。そのうえで、単なる私の見解として言うのであるが、本書は、ピーター・ドラッカーの処女作にして、最高傑作である。
日本の多くの人々に本書を読んでほしいと切に願う。
単行本
Kindle版