『世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち』 マイケル・ルイス 著, 東江一紀 訳
- 著者: マイケル・ルイス 著, 東江一紀 訳
- 出版社: 文藝春秋
- 発行日: 2016年1月20日
- 版型: キンドル版・単行本・文庫
- 価格(税込): Kindle版:¥968、 単行本:¥2,980、 文庫: ¥1,012。
サブプライム債の乱痴気騒ぎを煽った大手銀行たち
本書の著者マイケル・ルイスは、プリンストン大学からロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに進み、1985年にソロモン・ブラザーズに入社した。その頃は、ソロモン社が住宅ローンの小口債権化を開発した時期であり、その債権を売ることになった。その数年間の体験をすべて実名で書いた『ライアーズ・ポーカー(嘘つきポーカー)』がベストセラーになり、当時のソロモン・ブラザーズ会長は辞任に追い込まれたという。本書は、その最初のベストセラー『ライアーズ・ポーカー』に次ぐ衝撃の書である。
ルイスによると、サブプライム・モーゲージ市場というこの複雑かつ不透明な巨大カジノで行なわれていたのは、極言すれば、「ロング(買い持ち)」対「ショート(空売り)」の賭け戦争だった。すなわち、住宅価格やローン貸付額の上昇を見込んで、モーゲージ債を買う側と、債務不履行、市場の破綻を見込んで、モーゲージ債を空売りする( あるいはモーゲージ債に掛けられた保険を買う)側。ロング陣営には、政府の奨励策や規制緩和という後押しがあり、さらに、格付け機関の無知怠慢による甘い査定という底上げがあった。そして、ルイスは、サブプライム・モーゲージ市場という胡散(うさん)臭さと怪しさゆえに、「ショート(空売り)」の側についたのである。
貧しい者から巻き上げろ
ルイスによれば、サブプライム・ローンは名目的には、「貧しい人たちのためのローン」だった。大型融資と下位中流層との接点は増え続け、それがアメリカの下位中流層に利益をもたらすだろうとされたのだという。資本市場に持ち込まれた新たな効率性のおかげで、下位中流のアメリカ人たちは、以前よりもっともっと低い利息で債務を返済できるだろうという触れ込みだった。1990 年代前半には、マネー・ストア、グリーントゥリー、エイムズなど、初期のサブプライム・モーゲージ金融業者が、急成長を当て込んで株式を公開した。 1990年代半ばには、小規模な消費者金融企業が毎年 何十社も市場に参入するようになった。サブプライム・ローン業界は細分化した。貸し手が、自分たちの組んだローンの 全部とは言わないまでも多くを、モーゲージ債という形でほかの投資家たちに売ったことで、業界に倫理の欠如が蔓延したのだという。
ウォール街のある大手企業が催した昼食会で、来賓講演者だったゴールデン・ウェスト・ファイナンシャル・コーポレーションという巨大S&L(貯蓄貸付組合)のCEOハーブ・サンドラーに、出席者のひとりが口座管理手数料無料モデルの善し悪しについて質問した。サンドラーが、「テープレコーダーの電源を切ってください」と言ってから話しだした。「わが社が無料モデルを使わないのは、その手数料ぶんが、実際には、当座預金を超過引き出しした際の罰金という形で、貧しい 人々に転嫁されることになるからだ。そして、無料モデルを採用している銀行の本当の狙いは、正当に手数料を課した場合に得られる以上の額を、貧しい人々から巻き上げられるようにすることだ」
博打(ばくち)と投資の境界
ルイスは言う。博打と投資の境界には、とってつけたような細い線が引かれている。最も手堅い投資にも、賭けの重要な特性(もう少し儲けようと思うと全部のカネを失う)があって、最も無謀な投機にも、投資の際立った性質(投じた金に利子が付いて返ってくるかもしれない)がある。もしかすると、最も的確な「投資」 の定義とは、「自分に有利なオッズで行なう博打」かも しれない。サブプライム・モーゲージ市場のショート側にいた人々は、自分たちに有利なオッズで博打をしていた。反対側、要するに金融システム全体にいた人々は、自分たちに不利なオッズで博打をしていた、という。ルイスによると、投資銀行の立場は、ラスベガスのカジノに似ている。カジノ側がオッズを決める。カジノを相手にゼロサム・ゲームに挑む客たちは、ときには勝てるかもしれないが、思い通りに勝てはしないし、カジノを倒産させるほど華々しい勝利を収めることは絶対にない。
本書は、2007年末から2009年頃に米国で起きたサブプライム住宅ローン危機の裏側で起きていた投資銀行たちの乱痴気パーティーの実態を生々しく描いたノンフィクションである。
筆者(書評者)が今までに読んだサブプライム住宅ローン危機に関する本のなかで、最も真実味にあふれた書だと感じた。
『世紀の空売り』