『寺山修司 全歌集』 寺山修司 著
- 著者: 寺山修司
- 出版社: 講談社
- 発行日: 2011年9月12日
- 版型: Kindle版, 単行本, 文庫
- 価格(税込): Kindle版: ¥1,210-, 単行本: 絶版, 文庫: ¥1,243-
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前衛短歌
寺山修司の短歌集を文庫本で最初に読んだ時の衝撃は、いまだに忘れられない。
死と腐食のおどろおどろしいイメージが強いにもかかわらず、どこか憎めないウィットがその背後にあった。
次の寺山修司の三首は、特に記憶に鮮明だ。
新しき仏壇買ひに行きしまま行方不明のおとうとと鳥
売りにゆく柱時計がふいに鳴る横抱きにして枯野ゆくとき
間引かれしゆゑに一生欠席する学校地獄のおとうとの椅子
寺山修司の世界の背景
寺山修司(1935年~1983年)は青森に生まれ、父は南方戦線のセレベス島(現在のスラウェシ島)で戦病死した。戦後、母はアメリカ進駐軍基地で働いた。父を殺した米軍で働く母を、多感な修司は複雑な思いで見ていたのかもしれない。母一人、子一人で、夜遅く濃い化粧で帰ってくる母に反発する息子の情景が、寺山の映画『田園に死す』には描かれている。
早稲田大学に進学するが、その教育学部国文学科では、脚本家になる山田太一と同窓で親友だった。
十代前半から短歌を書いてきた寺山は、中城ふみ子の乳がん体験を詠んだ「乳房喪失」に強い共感を感じて、同じ『短歌研究』の「五十首詠」に応募して特選となった。しかし、既存の短歌とはかけ離れたあまりにエキセントリックな詠風には、旧態然とした短歌界のエスタブリッシュメントからは激しい批判を浴びた。
寺山修司は戯曲作家としても鬼才ぶりを発揮した。初の戯曲は早稲田大学大隈講堂で上演された。その後、1967年に横尾忠則らとアングラ(アンダーグラウンド)劇団「天井桟敷」を結成した。既存演劇とはまったく異なる前衛芸術と批判精神を交えた舞台芸術は、国内外で高い評価を得た。
独特な修辞
短歌に戻る。寺山修司の短歌によく使われると思われる単語を、何回使われているか、この『全歌集』の中で探してみた。(短歌以外に使われているものも含むが、目次の文字は除外。)
- 仏壇: 5回
- 母: 79回 (うち、母親、叔母、母国、老母も含む。)
- 父: 54回(うち、叔父、祖父、老父も含む。)
- 血: 47回
- おとうと: 7回
- 地平線: 3回
- 時計: 8回
やはり、「母」が圧倒的に多い。「母」に関しては、次のような短歌がある。
売られたる夜の冬田へ一人来て埋めゆく母の真赤な櫛を
「母」に次いで「父」も多いが、その「父」の中には「叔父」や「祖父」という派生語が多く含まれている。それはやはり、父を南方戦線で喪失し、叔父や祖父との触れ合いのほうが多かったためであろうか。「父」に関して言えば、「短歌研究五十首詠」で特選を取った寺山の応募作品の詠題は「チェホフ祭」だったが、これは最初は「父還せ」という題名だったのを当時の「短歌研究」編集長が「チェホフ祭」に変更させたのだという。
「おとうと」に関しては、寺山修司は一人っ子なので、弟はいない筈なのであるが、私が思うに、これは、寺山修司を生みはぐくんだ青森という地域性を考えるべきだと思う。
寒冷な青森は歴史上幾度も冷害と米の不作による飢饉に見舞われ、「間引き」(嬰児を殺すこと)が多く行われていたという事実を振り返る必要がある。東北地方の「こけし」は「子消し」が語源ではないかという説もあった。つまり、間引いた子供の霊を弔うためというのが「こけし」づくりの最初の目的ではなかったかという説である。この説には様々な立場からの反対論があるのも無理からぬことなのだが、少なくとも悲しい「間引き」があったことは歴史的事実であるとされている。とするならば、「おとうと」というのは、寺山修司本人の「弟」のことではなくて、歴史上、失われてきた多くの嬰児たちの呼称なのではなかったろうか、と、少なくとも私には思えるのである。それは、寺山の「恐山和讃」における「さいの河原の物語、十にも足らぬ幼な児が、さいの河原に集まりて、峰の嵐の音すれば、父かと思ひよぢのぼり、谷の流れをきくときは、母かと思ひはせ下り」という文章に出てくる幼子たちが、生きた幼子ではなくて、流された(間引きされた)幼子たちの霊であると考えるならば、すべて合点がいくのである。それでも私の疑問は、命を奪われたのは嬰児なのになぜ「十にも足らぬ幼な児」になるのかということであったが、恐山などの民間伝承によれば、幼子は死んだあとも一定の年齢までは成長するという言い伝えがあるという。こうした民間伝承を地元の寺山修司が知らなかった筈はない。
「おとうと」の話になったので、最後に、寺山修司の「おとうと」の一首を最後に引く。
七草の地にすれすれに運ばれておとうと未遂の死児埋めらるる
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