『定家歌集』 佐佐木信綱 撰
- 著者: 佐佐木信綱 撰
- 出版社: やまとうたeブックス
- 原書発行日: 1909年12月29日(博文館)
- 発行日: 2014年12月7日
- 版型: Kindle版
- 価格(税込): Kindle版: ¥200-
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技巧卓越の歌人
平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて激動の時代を生きた藤原定家(ふじわらのていか, 又は さだいえ 1162年~1241年)は、その日記『明月記(めいげつき)』の中で、平氏討伐騒動について「紅旗征戎(こうきせいじゅう)吾ガ事ニ非(あら)ズ」と書いている。朝廷の旗(紅旗・平氏の旗だという説もある。)を掲げて敵軍を討つということなど、自分には何の関係も無いと言い切っているのである。ノンポリ芸術至上宣言とでも言えるような、かなりエキセントリックな記述である。この言動には一見凜(りん)とした潔(いさぎよ)さが響くものの、その半面、縦割り行政における官僚の強弁にも通じかねない縄張り的なセクショナリズムの感も 私は正直言って覚えた。
定家は、小倉百人一首の撰者であった。彼自身も優艶たる「達吟(たつぎん)の人」であり、百人一首には定家の次の歌が入っている。
来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに
焼くやもしほの身もこがれつつ
「待つ」と「松」の典型的な掛詞(かけことば)、夕焼けに繋がる夕なぎと藻塩(もしお)を「焼く」の縁語とし、そこに恋い焦がれるの「焦がれる」を焼くの縁語として畳みかけている。どうだ参ったかとでも言いたげな定家の自慢げな顔が見えるようである。
佐佐木信綱の評価
本書著者である佐佐木信綱(1872年~1963年)は東京帝国大学文学博士で、万葉集と日本の和歌史の研究者であると共に自ら歌人でもあった。皇后陛下や皇族に和歌を進講したり、華族女流歌人の柳原白蓮(やなぎわら びゃくれん)や早稲田大学校歌を作詞した相馬御風(そうま ぎょふう)など多くの歌人も育成した。
佐佐木信綱は、定家の歌の特質について、本書のなかで以下のように述べている。
「特にめだちたるは、歌意を幽玄ならしめ、歌姿を流麗ならしめむとする必要上より、種々の複雑し屈折せる句法の多きことなり。名詞どめ、懸詞(かけことば: 掛詞)、縁語、重語、倒置法、本歌取りなどの多きもこの為なり。」
一方で佐佐木は、
「技巧の末に流れて真生命なき作少なからず」と批判もしている。
佐佐木は 定家を、西行などと比べて次のように評している。
「彼を以て代表せらるる新古今集時代は、多くの英才名匠輩出したりき。・・・特に定家は卓出せしが、彼を他の傑出せし歌人西行 家隆等に比較し試みれば、西行の、あくまで自然の妙趣をくみし情趣ある歌と双(くら)ぶるに、彼の歌には、技術の妙を極めしあざやかなる美しさあり。これを家隆の、安らかなるうちに才気ある風と比ぶるに、彼の歌は、軽妙の点に於いてこそ劣りたれ、規模の大いなるところ認めらる。されど彼には、西行の気品高き、後鳥羽 土御門両皇の沈痛なる、はた式子内親王の繊細なる趣等は見るを得ず。」
佐佐木信綱による和歌の評価は、評価基準が厳密で、きわめて正鵠を射ている。
『西行の世界をたどる』石川雅一 Kindle版 『石川雅一 歌集 春雷』