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日本文学を世界発信したサイデンステッカーの源氏英訳

2020年4月24日

"The Tale of Genji",   Translated by Edward G. Seidensticker

  • 著者: Murasaki Shikibu(本書表記の儘)
  • 訳者: Edward G. Seidensticker
  • 言語: 英語版
  • 出版社: Knopf Doubleday Publishing Group,   Amazon Services International, Inc.
  • 発行日: 2013年2月6日
  • 版型: Kindle版,  ペーパーバック版
  • 価格(税込): Kindle版:¥710-,    ペーパーバック版: 絶版

 

日本文学を世界発信したサイデンステッカーの源氏英訳

平安時代に紫式部が書いた『源氏物語』は、「世界初の小説: "the World's Earliest Novel"」だと言われている。「物語」で古いものは、楔形文字で粘土板に刻まれたバビロニアの叙事詩『ギルガメシュ物語』のように紀元前1500~前1000年頃から存在したとされているが、文学作品の世界史のなかでも、「世界最古の小説」(短編ではなく長編)として位置付けられるのは『源氏物語』であるという評価は外国でも定まっている。

『源氏物語』を世界で初めて西洋世界に紹介したのは、1882年(明治15年)に"The Tale of Genji"として英訳した元駐英書記官でケンブリッジ大学で学んだ末松謙澄(すえまつ けんちょう)であったが、この「末松版」に触発されて、末松版出版の39年後から12年間かけて、より包括的に大部分を英語に翻訳したのは、末松と同じケンブリッジ大学で東洋学(Oriental studies)を学んだアーサー・ウェイリーであった。そして、末松とウェイリーに次いで3人目の『源氏物語』英語翻訳者(母語話者としては2人目)がアメリカ人のエドワード・G・サイデンステッカー(Edward George Seidensticker: 1921年~2007年)であった。

イギリス人のウェイリーが一度も日本に来たこともなければ、日本語を話すこともできなかったというのとは違って、サイデンステッカーは日本に何度も来ていたし、日本語を流暢に話せるようになった。そして日本好きが高じて東京に移住して日本の地で亡くなった。

アメリカのコロラド州に生まれたサイデンステッカーはコロラド大学を経てアメリカ海軍日本語学校で日本語を学び、海兵隊士官として硫黄島戦線に派遣されて日本軍の文書解読の任についた。戦後はコロンビア大学大学院を経て東京大学で日本文学を研究し、スタンフォード大学やコロンビア大学の教授になった。ノーベル賞選考は日本語では評価する委員がいないというなかで、日本人作家の谷崎潤一郎や川端康成や三島由紀夫が、すべてノーベル文学賞の候補となることができたというのは、サイデンステッカーが日本文学を英訳して世界に精力的に発信したおかげだと言われている。うち、実際にノーベル賞を受賞した川端康成は、ノーベル賞受賞はサイデンステッカーのおかげだと言って賞金の半分をサイデンステッカーに渡したとも言われている。

末松謙澄版とウェイリー版に引き続き、今回は以下、英語ネイティブスピーカー(母語話者)として2人目に『源氏物語』を英訳した、サイデンステッカーの英語翻訳文について見てみたい。

 

紫式部の原文とサイデンステッカーの英訳の比較

以下、紫式部の原文と、サイデンステッカーが訳した英文とを比較してみたい。

まずは、第一章 第一段の冒頭の一番有名な書き出し部分から。

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<紫式部>

いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。

はじめより我はと思ひ上がりたまへる御方がた、めざましきものにおとしめ嫉みたまふ。同じほど、それより下臈の更衣たちは、ましてやすからず。朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにやありけむ、いと篤しくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよあかず あはれなるものに思ほして、人のそしりをも え憚らせたまはず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。

上達部、上人なども、あいなく目を側めつつ、「いとまばゆき人の御おぼえなり。唐土にも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れ、悪しかりけれ」と、やうやう天の下にもあぢきなう、人のもてなやみぐさになりて、楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにてまじらひたまふ。

父の大納言は亡くなりて、母 北の方なむいにしへの人のよしあるにて、親 うち具し、さしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもいたう劣らず、なにごとの儀式をももてなしたまひけれど、とたててはかばかしき後見しなければ、事ある時は、なほ拠り所なく心細げなり。

***********

<Seidensticker>

1 The Paulownia Court

In a certain reign there was a lady not of the first rank whom the emperor loved more than any of the others. The grand ladies with high ambitions thought her a presumptuous upstart, and lesser ladies were still more resentful. Everything she did offended someone. Probably aware of what was happening, she fell seriously ill and came to spend more time at home than at court. The emperor’s pity and affection quite passed bounds. No longer caring what his ladies and courtiers might say, he behaved as if intent upon stirring gossip.

His court looked with very great misgiving upon what seemed a reckless infatuation. In China just such an unreasoning passion had been the undoing of an emperor and had spread turmoil through the land. As the resentment grew, the example of Yang Kuei-fei was the one most frequently cited against the lady.

She survived despite her troubles, with the help of an unprecedented bounty of love. Her father, a grand councillor, was no longer living. Her mother, an old-fashioned lady of good lineage, was determined that matters be no different for her than for ladies who with paternal support were making careers at court.

The mother was attentive to the smallest detail of etiquette and deportment. Yet there was a limit to what she could do. The sad fact was that the girl was without strong backing, and each time a new incident arose she was next to defenseless.

(Reference:  Murasaki, Shikibu. The Tale of Genji (Vintage Classics), Knopf Doubleday Publishing Group. )

 

末松版では「桐壷」を"THE CHAMBER OF KIRI"と訳し、ウェイリーはそのまま"KIRITSUBO"としていたが、サイデンステッカーは「桐壷」を"The Paulownia Court"と訳している。ウェイリーは"KIRITSUBO"とは植物学名では"Paulownia"というと脚注で書いていたが、サイデンステッカーはその植物学名に"court"を付けて「桐壷」という日本語のイメージを表現しようとしたのだ。

末松版でもウェイリー版でも、FOOTNOTES(脚注)を添えてあったが、サイデンステッカーは脚注をつけていない。

楊貴妃の伝承を引いたくだりは末松版では省略してあったが、ウェイリーもサイデンステッカーも、楊貴妃"Yang Kuei-fei"の伝説のくだりを翻訳している。

 

ウェイリーとサイデンステッカーの英文比較

英語ネイティブスピーカー(母語話者)のウェイリーとサイデンステッカーの両方の英文を比較すると、明らかに、英語と米語の特徴が表れている。しかしそれは、一概に良い悪いで言える問題ではなくて両価性の問題であると私(書評者)は思う。好ましく感じられる面と苦しく感じられる面とのアンビバレンスをそれぞれ言うとするならば、あくまでも私の感想では以下のような感じである。

<ウェイリー>

  •  好ましい面: 洗練された格調高い文体
  •  苦しい面: ややまどろっこしい

<サイデンステッカー>

  •  好ましい面: 簡潔な文体がわかりやすい
  •  苦しい面: 奥行と深みにやや欠ける

ウェイリーか、サイデンステッカーか、どちらを選ぶべきかと、もしも私が訊かれたとするならば、たぶん、次のように答えると思う。

  •  初学者は、サイデンステッカー
  •  米語が英語より好きだという方は、サイデンステッカー
  •  ヘミングウェイのような簡潔な文体が好きな方は、サイデンステッカー
  •  サマセット・モームのようなやや複雑で歯ごたえのある英文が好きだという方は、ウェイリー
  •  英国英語が米語よりも好きだという方は、ウェイリー
  •  シェイクスピアが好きな方は、ウェイリー

以上のような感じであろうか。

 

源氏物語英訳の最高傑作と名高いウェイリー版

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石川 雅一

石川 雅一

 東証ペンクラブ 会員。学校法人評議員。 元日本放送協会で国際報道に従事。アフガニスタン内戦、カシミール内戦、パンチャヤト大暴動( ネパール)、湾岸戦争、アメリカ航空宇宙局(NASA)、国連安全保障理事会、ニューヨーク市警、米国核廃棄物、ロスアラモス国立研究所、米国海軍、米加漁業紛争、京都の歴史文化伝統産業などを取材。国際機関アジア太平洋放送開発機構講師(JICA専門家)としてクアラルンプールでアジア各国の放送局のジャーナリストを育成指導。金融市場分析のテクニカルアナリストとして日本の全産業三千数百社の上場企業のテクニカル分析をダイヤモンド社で三季にわたって完遂。  早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程中途退学。早稲田大学大学院商学研究科専門職学位課程修士(研究科長賞受賞)。MBA( Le Cordon Bleu; Global Service Business, WBS)。Certified Financial Technician(CFTe Ⅱ)。 一級小型船舶操縦士、剣道初段、趣味は能楽。

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