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源氏物語英訳の傑作と名高いウェイリー版

2020年4月24日

"Lady Murasaki,  THE TALE OF GENJI" ,   Translated by Arthur Waley

  • 著者: Lady Murasaki(本書表記の儘)
  • 訳者: Arthur Waley
  • 言語: 英語版
  • 出版社: Dover Publications,   Amazon Services International, Inc.
  • 発行日: 1929年(オリジナル版の発行日)
  • 版型: Kindle版
  • 価格(税込): Kindle版: 版により価格は異なる

 

源氏物語英訳の最高傑作と名高いウェイリー版

平安時代に紫式部が書いた『源氏物語』は、「世界初の小説: "the World's Earliest Novel"」だと言われている。「物語」で古いものは、楔形文字で粘土板に刻まれたバビロニアの叙事詩『ギルガメシュ物語』のように紀元前1500~前1000年頃から存在したとされているが、文学作品の世界史のなかでも、「世界最古の小説」(短編ではなく長編)として位置付けられるのは『源氏物語』であるという評価は外国でも定まっている。

『源氏物語』を世界で初めて西洋世界に紹介したのは、1882年(明治15年)に"The Tale of Genji"として英訳した元駐英書記官でケンブリッジ大学で学んだ末松謙澄(すえまつ けんちょう)であったが、この「末松版」に触発されて、末松版出版の39年後から12年間かけて、より包括的に大部分を英語に翻訳したのは、末松と同じケンブリッジ大学で東洋学(Oriental studies)を学んだアーサー・ウェイリー(1889~1966)であった。

ウェイリーの"Lady Murasaki,  THE TALE OF GENJI"は、『源氏物語』英語翻訳版の傑作とも言われるが、ウェイリー自身は、一度も日本に来たこともなければ、日本語を話すこともできなかったという。

今回は、末松謙澄版に引き続き、英語ネイティブスピーカー(母語話者)で初めて『源氏物語』を英訳した、アーサー・ウェイリーの英語翻訳文について見てみたい。

 

紫式部の原文とウェイリーの英訳の比較

以下、紫式部の原文と、ウェイリーが訳した英文とを比較してみたい。

まずは、第一章 第一段の冒頭の一番有名な書き出し部分から。

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<紫式部>

いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。

はじめより我はと思ひ上がりたまへる御方がた、めざましきものにおとしめ嫉みたまふ。同じほど、それより下臈の更衣たちは、ましてやすからず。朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにやありけむ、いと篤しくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよあかず あはれなるものに思ほして、人のそしりをも え憚らせたまはず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。

上達部、上人なども、あいなく目を側めつつ、「いとまばゆき人の御おぼえなり。唐土にも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れ、悪しかりけれ」と、やうやう天の下にもあぢきなう、人のもてなやみぐさになりて、楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにてまじらひたまふ。

父の大納言は亡くなりて、母 北の方なむいにしへの人のよしあるにて、親 うち具し、さしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもいたう劣らず、なにごとの儀式をももてなしたまひけれど、とたててはかばかしき後見しなければ、事ある時は、なほ拠り所なく心細げなり。

 

***********

<Arthur Waley>

I. KIRITSUBO 19

AT THE COURT of an Emperor (he lived it matters not when) there was among the many gentlewomen of the Wardrobe and Chamber one, who though she was not of very high rank was favoured far beyond all the rest; so that the great ladies of the Palace, each of whom had secretly hoped that she herself would be chosen, looked with scorn and hatred upon the upstart who had dispelled their dreams. Still less were her former companions, the minor ladies of the Wardrobe, content to see her raised so far above them. Thus her position at Court, preponderant though it was, exposed her to constant jealousy and ill will; and soon, worn out with petty vexations, she fell into a decline, growing very melancholy and retiring frequently to her home. But the Emperor, so far from wearying of her now that she was no longer well or gay, grew every day more tender, and paid not the smallest heed to those who reproved him, till his conduct became the talk of all the land; and even his own barons and courtiers began to look askance at an attachment so ill-advised. They whispered among themselves that in the Land Beyond the Sea such happenings had led to riot and disaster. The people of the country did indeed soon have many grievances to show: and some likened her to Yang Kuei-fei, the mistress of Ming Huang.20 Yet, for all this discontent, so great was the sheltering power of her master’s love that none dared openly molest her. Her father, who had been a Councillor, was dead.

Her mother, who never forgot that the father was in his day a man of some consequence, managed despite all difficulties to give her as good an upbringing as generally falls to the lot of young ladies whose parents are alive and at the height of fortune. It would have helped matters greatly if there had been some influential guardian to busy himself on the child’s behalf. Unfortunately, the mother was entirely alone in the world and sometimes, when troubles came, she felt very bitterly the lack of anyone to whom she could turn for comfort and advice.

 

Footnote

19 This chapter should be read with indulgence. In it Murasaki, still under the influence of her somewhat childish predecessors, writes in a manner which is a blend of the Court chronicle with the conventional fairy-tale.

20 Famous Emperor of the T‘ang dynasty in China; lived A.D. 685—762.

(Reference:  Lady Murasaki. The Tale of Genji, Arthur Waley, Dover Publications. )

 

末松版では、「桐壷」を"THE CHAMBER OF KIRI"と訳して、さらに"KIRI"とは一種の美しい樹を意味すると脚注を付けていたが、ウェイリーはそのまま"KIRITSUBO"としているところが興味深い。

ウェイリー版でも、FOOTNOTES(脚注)を添えてある。そこは末松版と同じく、ケンブリッジ式というか、アカデミックな感じがする。KIRITSUBOのうしろに"19"とあるのは、言うまでもなく脚注番号である。この19には、上記のような"This chapter should be read with indulgence."という脚注が書いてある。「この章は没入して読むべき」、あるいは、「耽溺して読むべき」ということであろう。

楊貴妃の伝承を引いたくだりは末松版では省略してあったが、ウェイリーは楊貴妃"Yang Kuei-fei"の伝説のくだりをしっかりと翻訳している。

本稿の上に挙げたKindle版のカバー表紙(iPadのKindleアプリの写真)をご覧になって、この表紙の絵は、源氏物語の貴族の世界と異なる庶民の生活を描いた図であって、時代もかなりズレるのではないのかと突っ込まれる方もおられると思う。この絵などはまだかなりマシなほうであって、外国で出版されている"The Tale of Genji"の書籍には、ハードカバー版・ペーパーバック版・Kindle版を問わず、源氏物語とかけ離れた図柄が使われているものが結構ある。酷いものにいたっては、江戸時代の浮世絵が"The Tale of Genji"の表紙として使われているものも実際にある。(下に写真をあげておく。)だから、そのあたりの時代考証が外国人にとっては最も理解しがたい部分なのだろうと思うし、この辺に異文化コミュニケーションの課題があるであろうと思われる。

  

 

 

『源氏物語』英訳は明治時代に末松謙澄が世界初

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石川 雅一

石川 雅一

 東証ペンクラブ 会員。学校法人評議員。 元日本放送協会で国際報道に従事。アフガニスタン内戦、カシミール内戦、パンチャヤト大暴動( ネパール)、湾岸戦争、アメリカ航空宇宙局(NASA)、国連安全保障理事会、ニューヨーク市警、米国核廃棄物、ロスアラモス国立研究所、米国海軍、米加漁業紛争、京都の歴史文化伝統産業などを取材。国際機関アジア太平洋放送開発機構講師(JICA専門家)としてクアラルンプールでアジア各国の放送局のジャーナリストを育成指導。金融市場分析のテクニカルアナリストとして日本の全産業三千数百社の上場企業のテクニカル分析をダイヤモンド社で三季にわたって完遂。  早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程中途退学。早稲田大学大学院商学研究科専門職学位課程修士(研究科長賞受賞)。MBA( Le Cordon Bleu; Global Service Business, WBS)。Certified Financial Technician(CFTe Ⅱ)。 一級小型船舶操縦士、剣道初段、趣味は能楽。

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