『スピンオフ・イノベーション: ビッグファーマとバイオベンチャー』 石川雅一 著
- 著者: 石川雅一 著
- 出版社: STEINBACH
- 発行日: 2020年12月10日
- 版型: キンドル版
- 価格(税込): Kindle版:¥1,881-
イノベーションの創発はいかにして促進できるのか?
本日は書評ではなく、新刊のご紹介になります。
本書『スピンオフ・イノベーション: ビッグファーマとバイオベンチャー』は、世界一の製薬企業ファイザー社(Pfizer Inc.)と、そのファイザー社からスピンオフした創薬企業であるラクオリア創薬株式会社、そして、ラクオリア創薬から派生した株式会社AskAt(アスカット社)を研究対象としています。
ファイザー社は、2003年に業績悪化からリストラの一環として、その中央研究所を閉鎖する決定をしました。この時、同研究所の所長であった長久厚 博士は、米国本社とかけあって中央研究所のスピンオフを実施し、新たな創薬バイオベンチャー企業として立ちあげたのがラクオリア創薬でした。また彼は、ラクオリア社からさらにバイオベンチャーであるアスカット社を共同創業者として立ち上げました。
したがって、そもそもドイツからの移民によってニューヨークでベンチャービジネスとして始まって世界一の製薬会社に成長したファイザー社の歴史を振り返り、そのファイザー社からベンチャービジネスとしてスピンオフしたラクオリア創薬の現場の奮闘も振り返り、さらにはアスカット社の設立について考察することは、ビッグファーマが持つ問題点や、製薬企業のR&Dのあり方、科学者(化学者・生物学者・医学者など)の処遇の問題、そしてビッグファーマとバイオベンチャーとでは、イノベーションの創発の仕組みがどのように異なっているのかについて明らかにするものであります。また、R&Dに触れながらイノベーションが発動されるためにあるべき企業風土や組織や文化や人々の認識の問題にも触れるため、製薬企業やバイオテック企業のみならず、すべての研究開発が必要とされる企業経営者や企業関係者にとって重要な知見が含まれていると思われます。
本書の執筆に際しては、経営者へのインタビューをベースとしています。そのほか会社が公表した『有価証券報告書』・IR発表文・学術書・論文・新聞・ビジネス雑誌などを資料として使用しています。
本書はほぼ400ページに及ぶ分厚い本になっています。
本書のコンテンツ
ほぼ400ページに及ぶ分厚い本書の構成については、「はじめに」に続く本文で、時系列でファイザー社の170年間に及ぶ歴史から始め、どのように発展し、その発展の末に何が変容してリストラに至ったのかを振り返ります。そしてリストラを受けてスピンアウトした新会社がどのようにマネージされ、大企業の中のイノベーションと比較して具体的に何が変わり、またどのように変えていったのかをトレースしていきます。「はじめに」と各章のそれぞれの内容は、以下の通りです。
「はじめに」では、「製薬産業を取り巻く環境変化」と、「先行研究の分析」、そして「議論の枠組み」について述べています。
第一章では、19世紀半ばにドイツから米国への移民(2人のカール)によってニューヨークでベンチャービジネスとして始まったファイザー社。このファイザー社がいかに急成長を遂げて世界一のビッグファーマへと発展してきたのか、約170年間の歴史を振り返ります。そしてファイザー社がやがて日本に現地法人を設立して中央研究所を設立するまでの過程と、所長としてその設立と運営に携わった長久厚の起業家的活動についてみていきます。
第二章では、ニューヨーク本社から日本の中央研究所に襲いかかったリストラ(研究所閉鎖と人員解雇)の経緯と、リストラを決めたニューヨーク本社に対して、長久厚たち日本の経営陣がどのように立ち向かったのか、そして、閉鎖に対する代替案としてのスピンオフをどのように立案して、それをいかにしてニューヨーク本社に納得させたのかについてみていきます。
第三章では、スピンオフして出来る新会社の規模やビジネスモデルや事業目的をどのように立案したのか、そして、新会社立ち上げのための資金調達と、新会社を新規株式公開(IPO)していく経緯、そこで生じた困難についてみていきます。
第四章では、新会社における研究開発の戦略をどのように策定したのか、そして、新会社の組織づくりについてみていきます。
第五章では、ビッグファーマとベンチャーのマインドセットの違いについてみていきます。そして、イノベーションを生み出す人間、イノベーターにとって必要なマインドセットとは何なのか、そしてイノベーターのマインドセットを生じさせるために長久が何を行ったのかをみていきます。
第六章では、新規上場した新会社をめぐる困難な状況と、新会社を立ち上げた長久が解職に追い込まれた事態、新会社で経営権を得たベンチャーキャピタルと創業者の長久との間の葛藤についてみていきます。
第七章では、ビッグファーマをスピンオフした創薬ベンチャーを退いた長久が、さらに新たなベンチャービジネスのアスカット社を立ち上げるに至った経緯、そして、ラクオリア創薬とアスカット社との関係について見ていきます。また、長久厚と彼を支えたアンドリュー・サイデルとの関係についても見ていきます。
第八章では、二本のインタビューを載録しています。一本は2008年の新会社発足時の対談で、もう一本はその後約十年を経た2019年の対談となっています。
「おわりに」では、本書の議論の要約と本書の研究成果と意義、そして今後の課題についてまとめています。
本書で取り組んだ謎
本書を書く前に抱いた疑問、本書の中で解き明かしていく疑問は、具体的には以下の4点です。
- なぜ、 そのビッグファーマが大規模なリストラを繰り返さなければならないようになったのか? 大手製薬会社の巨大組織におけるイノベーションと、ベンチャー企業の小さな組織におけるイノベーションの仕組みとプロセスは、どのように異なっているのか?
- なぜ、製薬会社の中心的な強みであるコアテクノロジー( core technology)を生み出す中央研究所が閉鎖されなければならなかったのか? 閉鎖が決まった世界中の六つの中央研究所のうちのひとつ、日本の中央研究所が閉鎖される中で、どのようにしてスピンオフが実現したのか? スピンオフして新会社を立ち上げる時に、調達必要な資金の額が如何にして決められ、その資金はどのように調達されたのか?
- スピンオフで創薬ベンチャーとして立ち上げたスタートアップ企業は、どのようにして新会社の戦略と組織を策定したのか? 創薬ベンチャーにとって必要な戦略とは如何なるものなの だろうか?
- 創薬ベンチャーの資源(ヒト・モノ・カネ・知的財産)は、ビッグファーマの資源とどう異なっているのか? 新会社が IPOを経て上場する時に、どのような手順を経て、株主構成が どのようになり、それが経営に如何なる影響を与えたのか? 特に、ヒトのマインドセットはどのように醸成され、マインドセットの変革や意識改革はどのように行われているのか? 世界最大の製薬会社の巨大組織の中の一員として 働いていた社員たちは、スタートアップのベンチャーの一員となった時に、どのようなマインドセットの転換が必要だったのか。
今回、研究対象となったラクオリア創薬およびアスカット社の創立者であり経営者である長久厚氏と、同氏の盟友であるアンドリュー・サイデル氏には、長時間に及ぶインタビューと何度も質疑に懇切に応じていただけた事に改めて感謝の意を表します。そして、本書の出版に際して極めて有益なアドバイスを繰り返し頂戴した早稲田大学・文京学院大学名誉教授の川邉信雄先生には、特に心底よりの万謝を申し上げる次第です。