『ヘミングウェイ全短編 2』 アーネスト・ヘミングウェイ 著, 高見 浩 訳
- 著者: アーネスト・ヘミングウェイ 著, 高見 浩 訳
- 出版社: 新潮社
- 言語: 日本語
- 発行日: 1969年7月1日
- 版型: 文庫本
- 価格(税込): 絶版
ヘミングウェイの最高傑作のひとつ
私はもし「たったひとりだけ好きな小説家をあげよ」と言われたら、紫式部かヘミングウェイかで悩むけれども、おそらく、ヘミングウェイと答えるだろうと思う。
「それではヘミングウェイで一番好きな小説は?」と訊かれたら確かに迷うけれども、短編ならばすぐに決まると思う。『キリマンジャロの雪』だ。
まだ読んだことがない方のためにネタバレを避けたいものの、プロットを簡略に言うならば、アフリカで狩猟に出かけた小説家のハリーと妻のヘレンがサファリのど真ん中で自動車が故障して動けなくなり、ハリーが救助を待つ間に様々な回想をするというそれだけの話である。それだけの話なのだが、短編はシンプルな方がいい。
ハリーは足をこすって怪我をするが注意を怠ってヨードチンキを塗らなかった。傷は悪化してしまうが消毒液がなかったため石炭酸溶液を塗ったが壊疽が始まってしまう。壊疽が悪化する中でハリーはサファリのど真ん中で様々な回想をする。従軍した時の思い出、バルカン半島の記憶、パリの追懐、戦場での瀕死の砲兵将校の想起。
待っていた救助のトラックは結局来なかったが、ハリーは或る朝、飛行機の爆音を聞く。軽飛行機は何度か大きく上空を旋回し、降下してきて着陸する。軽飛行機から出てきたのは旧友のコンプトンだった。コンプトンは、トラックがこちらへ向かっていると言ったが、ヘレンを現場に残して、先に重症のハリーを乗せて飛ぶことを決意する。「メンサヒブ(奥方)は乗せられない。(パイロットシート以外の)シートが一つしかないんだ」とコンプトンは言った。
機窓から見えたキリマンジャロの雪
ハリーを乗せた小型機が飛び立つシーンが本当に美しい。私はこの場面の描写が一番好きだ。
高見浩の訳も佳い。
小型機はゴトゴト揺れながら地面を滑走して、最後にゴトンと揺れて空中に舞い上がる。ハリーの目には、眼下に手を振っている人影が見える。丘のキャンプがどんどん小さくなり、干上がった水場やシマウマやヌーの姿が見えた。
飛行機の後席でハリーは足をコンプトンのシートの片側にまっすぐ伸ばしている。飛行機はサファリの上でどんどん上昇していく。
ちなみに、高見はこの小型機"Puss Moth"を「パス・モス」と訳しているが、正確な発音は「プス・モス」であろう。私はようつべで英米人の"Puss Moth"の発音を調べたが、皆「プスモス」と発音していた。"Puss Moth"は英国デハビランド(de Havilland)製で1929年から数年間生産された高翼式単葉機で130馬力の単発エンジン機である。
『キリマンジャロの雪: ヘミングウェイ全短編〈2〉』
"THE COMPLETE SHORT STORIES OF ERNEST HEMINGWAY" ERNEST HEMINGWAY
- 著者: Ernest Hemingway
- 出版社: SCRIBNER
- 言語: English
- 発行日: 1987
- 版型: Kindle版
- 価格(税込): ¥1,900-
(iPadのKindleアプリで表示)
英語でも読みたいヘミングウェイ
この英書のタイトルは、"THE COMPLETE SHORT STORIES OF ERNEST HEMINGWAY"であるが、上のiPadのKindleアプリで表示した表紙カバーを見ていただいてわかるように、サブタイトルに"THE FINCA VIGIA EDITION"と書いてある。Finca Vigia(スペイン語発音で「フィンカ・ビヒア」)とは、英訳すると"Lookout Farm"で、キューバのハバナでヘミングウェイが構えた邸宅の名前である。ヘミングウェイは1939年から1961年まで、フィンカ・ビヒアに住んだ。
フィンカ・ビヒアは、地図で見てみると、キューバの首都ハバナのハバナ港の南東8kmのところにある。このキューバのアーネスト・ヘミングウェイの邸宅は、フロリダ キーウエストのヘミングウェイ邸宅と同じように博物館になっている。私は、キーウエストのヘミングウェイ邸には行ったことがあるが、キューバにはまだ行っていない。2019年7月の"USTA Today"の記事によれば、テキサス大学の建築学教授ウィリアム・デュポンが率いる米国とキューバの共同チームが、フィンカ・ビヒア邸の修復にあたっているという。
さて、話が脱線したが、『キリマンジャロの雪』に戻る。
旧友コンプトンが操縦する飛行機はサファリのど真ん中から重症を負ったハリーを乗せて雲の中に突入する。雲の中は暗くストームだった。飛行機は滝のような雨の中をかいくぐって雲の外に出る。コンピ―(コンプトン)がハリーを振り返ってニヤッと笑い指さした。(Compie turned his head and grinned and pointed)
ハリーが指さす前方はキリマンジャロだった。キリマンジャロは標高5,898メートルである。富士山の1.56倍の高さだ。
このシーンの描写が私は一番好きだと言ったが、ヘミングウェイはこの瞬間のキリマンジャロを次のように描いている。
"and there, ahead, all he could see, as wide as all the world, great, high, and unbelievably white in the sun, was the square top of Kilimanjaro."
まだお読みでない方にはぜひお読みいただきたいと思う。