『海上護衛戦』 大井 篤
- 著者: 大井 篤
- 出版社: 角川書店(現: KADOKAWA)
- 発行日: 2014年5月25日
- 版型: Kindle版・文庫本
- 価格(税込): Kindle版:792円
シーレーン防衛の失敗
シーレーン(sea lane)とは、国家の海上通商路・海上交通路のことであり、国家が存続するうえで戦略上 最重要な意義を持つ必需品のサプライ・ルートのことである。
本書『海上護衛戦』は太平洋戦争におけるシーレーン防衛の失敗について詳述し、昭和28年に出版されて大反響を呼んだ。その後廃刊となり途中復刊もあったが、絶版になって久しかった。6年前(2014年)に新版となって角川文庫からとして発売されたが、2020年現在では残念ながら文庫本は再度絶版になってしまったようだ。しかし、ありがたいことに現在Kindle版が入手可能だ。
著者の大井篤氏(1902~1994)は、旧帝国海軍のエリートである。海軍兵学校卒業後に1930年から数年間米国バージニア大学、ノースウェスタン大学に留学し、上海事変勃発と共に駐米大使館海軍武官となった。中国沿岸警備艦隊参謀などを経て1943年から終戦まで海上護衛総司令部参謀を務めた。当時の日本においては海上護衛総司令部にこそ、日本の人的物的資源を集中的に注ぎ込まなければならなかった筈なのに、大本営ではそれがないがしろとされていた。苦境に立たされた著者の懊悩が、本書からは痛いほどに読み取れる。
戦争前の船舶輸送計画
戦争前に日本が保有する船舶は合計630万トンという、膨大な商船隊が存在していた。そのうえ、造船能力もきわめて高かった。
日本はどれだけの船腹があれば全面戦争ができるかというと、およそ590万トンと計算されていたという。内訳は民需用に300万トン、陸海軍の徴用船腹として290万トンとされていた。(陸軍に110万トン、海軍に180万トン。)しかも、商船隊の船舶被害予想を過小評価して予測していた。船舶が無傷でありさえすれば、南方から石油、ボーキサイト、鉄、米、なんでも輸入できるという算段だった。原料が輸入できれば飛行機も軍艦もどんどん作れるから長期戦が可能という見込みを立てていた。しかし、米国は日本の弱みを知って攻撃計画を立てていた。南方と日本の間で日本商船隊を攻撃してシーレーンを遮断すれば、日本はお手上げになる。
第1次大戦でドイツ潜水艦による通商破壊作戦が、一時は大英帝国を敗戦の瀬戸際にまで追い込んだ史実も、日本海軍では軽く見過ごされていたという。
対潜作戦: 英国の苦境と成功
資源を国内にほとんど持たない日本や英国などは、シーレーンの安全を確保せずして国家の維持運営はありえない。
第1次大戦においても第2次大戦においても、ドイツは対英戦で潜水艦による通商破壊戦を展開した。そしてそれぞれの大戦において、英国はドイツ潜水艦の魚雷攻撃によってほとんど窒息されかかった。
しかし、英国はオペレーションズ・リサーチ(operations research)で商船団の効果的な防御法と対潜水艦攻撃法を編み出した。
米国の厚い軍事支援もあったものの、英国はこの対潜作戦に全身全霊を傾けることで、海上護衛戦に危ういところで勝ち抜けたのであった。
撮影 © Mas Ishikawa
対潜作戦: 日本の失敗
一方、太平洋においては、米国は、潜水艦による商船攻撃、すなわち通商破壊をきわめてシステマチックに大展開した。
米国は、大西洋におけるドイツの戦略「潜水艦による通商破壊戦略」を真似て、ひ弱な日本の商船ばかりを集中的に攻撃したのである。
日本商船隊の被害の増大という報告にもかかわらず、日本の大本営は、対潜水艦攻撃や商船隊の保護にまったくと言って良いほど力を注がなかった。そのことが本書には詳細に語られている。
先に述べた通り、開戦時に日本が保有していた商船団の総トン数は630万トンだった。
昭和16年12月の開戦から昭和20年8月の終戦までに米国潜水艦によって撃沈された日本の商船は合計1150隻、総トン数で485万トンという信じがたい被害に上った。
この数字には、米国潜水艦によって撃沈された日本海軍艦艇のトン数は含まれてはいない。あくまでも商船だけの総トン数でその膨大な数量となっているのだ。
日本は軍事的にも経済的にも、米国潜水艦による通商破壊(商船隊攻撃)で文字通り窒息させられたのである。
撮影 © Mas Ishikawa
太平洋戦争を振り返る戦史には、とかく、戦艦大和とか零戦とかの目立つ主力兵器がよく語られがちだ。しかし、太平洋における惨敗の最大の要因は、日本商船隊を護衛する作戦の失敗にこそあったのだということが、本書を読むと痛いほどによく分かる。いや、作戦の失敗というよりは、作戦の不在といったほうが適切かもしれない。艦隊決戦最重視の当時の大本営には、商船隊を守る意思さえも視野になかったのかもしれない。
シーレーン防衛は決して単なる過去の問題ではなく、海洋国家 日本の現在と将来の切実な課題である。
本書は、日本という海洋島嶼国の国民にとって必読の書と言える。
Kindle版