国際政治 歴史

終戦直後にふたつの戦争を勝ち抜いた将軍

2020年4月9日

この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将 根本博の奇跡

  • 著者: 門田隆将
  • 出版社: KADOKAWA
  • 発行日: 2013年10月25日
  • 版型: Kindle版、 単行本、 文庫版
  • 価格(税込): Kindle版: 673円、 単行本: 絶版、 文庫版: 絶版(2020/4時点)

 

終戦直後にふたつの戦争を勝ち抜いた将軍

根本博は、旧大日本帝国陸軍の将軍で、蒙古(現 内モンゴル)に駐在していた。終戦後、旧ソ連軍は停戦になるどころか大軍で武力侵攻してきた。

根本は、ソ連軍がいかに掠奪と凌辱と虐殺を民間人に及ぼすかを諜報で痛いほどよく知っていたので、このままでは4万人の在留邦人の生命が失われると判断した。

最強と言われていた満州の旧帝国陸軍関東軍が武装解除にやすやすと応じてしまったかたわら、根本率いる駐蒙軍は、天皇の停戦命令を無視してソ連軍と戦い続け、在留邦人4万人が逃げおおせる時間を稼いだのだった。

根本博中将は、終戦直後にソ連軍と戦って在留邦人を逃がす時間を稼ぐという戦いに勝利したのだったが、もうひとつの戦争もやはり大戦直後に戦うこととなった。それが台湾での国民党軍(国府軍)を指揮しての、中共軍との戦いであった。

天皇の停戦命令を無視して在留邦人4万人の命を救え

 

第二次大戦終戦直後に台湾に密航した将軍

終戦直後に天皇の停戦命令、武装解除命令を無視してまで、在留邦人を掠奪と虐殺から逃がすためにソ連軍と断固として戦ってその目的を遂げた根本博だった。根本中将は、侵攻してきたソ連軍の大軍に抗して戦い、内モンゴルの在留邦人4万人を逃がすことに成功した。

根本博中将は、「北支方面軍司令官として戦争責任を問われなければなりません」と自ら進んで戦争責任を申し出た。すると、中国国民党の蒋介石総統は、「東亜の平和は、わが国が日本と手を握ってゆく以外に道はない。貴下は至急帰国して日本再建のために努力してもらいたい」と述べた。こうして根本は在留邦人が帰国したあとで最後の船に乗って復員したという。

根本は中国国民党の蒋介石に深い義理を感じていた。本書の題名「義に捧ぐ」の義とは、そのことである。

しかし、その後、蒋介石率いる国府軍(国民党軍)と、毛沢東率いる八路軍との間に激しい内戦が激化して、やがて国府軍は壊走することになる。

その「国府軍敗走」の報を聞きながら悲しみと義憤を感じていた根本に、国民政府の立法委員から手紙が届く。「根本閣下のお力がどうしても必要なのです。なんとか助けていただけないでしょうか」

そして次には根本の前に、国民党の密使が現れて言った。「閣下、私は傅作義(ふさくぎ)将軍の依頼によってまかり越しました。準備してある船にお乗りくだされば、それでよいのです」

こうして、第7代台湾総督 明石元二郎の息子 明石元長(あかし もとなが)の援助もあって、根本は通訳と共に台湾に密航した。

 

蒋介石との再会、そして中共軍との戦い

台湾で根本は蒋介石と再会する。蒋介石は「ハオ、ハオ、ハオ(好! 好! 好!)」と言いつつ根本の手を握ってきた。

これに先立ち、アメリカ国務省は、台湾の軍事援助打ち切りを発表していた。米国はこれによって暗黙裡に、中共の台湾侵攻にあえて反対しない姿勢と、台湾切り捨ての姿勢、中国本土重視の姿勢を打ち出していたのだった。

根本はそんな危急の台湾に足を踏み入れ、戦争指揮のために最前線の金門島へと台湾本島からあらためて向かうこととなった。

金門島は、台湾本島から180キロも離れながら、大陸(中国本土)からはわずか2キロしか離れていない台湾領である。

 

赤壁の戦いの再現

根本は戦術戦略を練りに練った。共産軍が大陸から金門島へと攻めてくる。その時に海峡を渡ってくる船をどうするか?

敵船を対岸に戻してしまえばまた増援部隊がやってくる。また戻ればさらに増援部隊がやってくる。だから、敵船を返してはならない。

敵船を返さないためには敵船を焼き払う必要がある。これは、まるで三国志の赤壁の戦い「レッドクリフ」の再現のような戦いだったように私(書評者)には思えた。

しかし、その時に根本の頭にあったのは、毛利元就(もうりもとなり)の「厳島(いつくしま)の戦い」だったという。この戦いで毛利は、敵の大軍を厳島に誘い込んで撃退したのである。

共産軍は強制徴用によって漁村から木造帆船をかり集めていた。こうしたジャンク船で大量の部隊を金門島に上陸させる。

根本は、敵の上陸をまずは容認する。部隊が上がった後の岸についた船をすべて焼き払うように命令していた。海岸に隠れていた国府軍兵士が海岸の船を焼き払うと、船が引き返して増援部隊を送るという共産軍の計画は狂ってしまった。上陸した共産軍は、後ろで船が焼かれると浮足立ち、計画通り包囲殲滅されていった。

壊走に壊走を続けてきた国府軍は、大陸からわずか2キロしか離れていない金門島でまさかの勝利をおさめ、台湾は独立を維持したのだった。

1952年、根本は釣竿をかついで中華民国の飛行機で日本に帰国した。

 

山本七平賞受賞の本書

本書は第19回山本七平賞を受賞した。

本書は70年ほど前の史実がまるで目の前で繰り広げられているかのようなナマナマしさが感じられる。

本書の記述がヴィヴィッドな理由は、日本と台湾それぞれの数多くの人々から直接取材していることと、根本中将自らの手稿をもとに書かれているということが挙げられる。

本当に素晴らしい本だと思う。

 

文庫本(角川文庫) 

 

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石川 雅一

石川 雅一

 東証ペンクラブ 会員。学校法人評議員。 元日本放送協会で国際報道に従事。アフガニスタン内戦、カシミール内戦、パンチャヤト大暴動( ネパール)、湾岸戦争、アメリカ航空宇宙局(NASA)、国連安全保障理事会、ニューヨーク市警、米国核廃棄物、ロスアラモス国立研究所、米国海軍、米加漁業紛争、京都の歴史文化伝統産業などを取材。国際機関アジア太平洋放送開発機構講師(JICA専門家)としてクアラルンプールでアジア各国の放送局のジャーナリストを育成指導。金融市場分析のテクニカルアナリストとして日本の全産業三千数百社の上場企業のテクニカル分析をダイヤモンド社で三季にわたって完遂。  早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程中途退学。早稲田大学大学院商学研究科専門職学位課程修士(研究科長賞受賞)。MBA( Le Cordon Bleu; Global Service Business, WBS)。Certified Financial Technician(CFTe Ⅱ)。 一級小型船舶操縦士、剣道初段、趣味は能楽。

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