文学

感染症が引き裂いた愛: ロミオとジュリエット

2020年4月7日

『ロミオとジュリエット』 ウィリアム・シェイクスピア 著,  小田島雄志 訳

  • 著者: ウィリアム・シェイクスピア,  小田島雄志 訳
  • 言語: 日本語版
  • 出版社: 白水社
  • 発行日: 1983年10月1日
  • 版型: Kindle版・新書版
  • 価格(税込): Kindle版:715円、 新書版:990円

 

「ロミオとジュリエット」を悲劇にした感染症

「ロミオとジュリエット」は対立する2つのイタリアの名家から相思相愛の仲になった男女の成り行きを描くが、この筋書きは事の運びようによってはハッピーエンドに終わった可能性も展開としてはありえた。

しかし、その成り行きを悲劇へと否応(いやおう)なく急転させたきっかけは、感染症なのであった。

伝染病(感染症)がこの戯曲の暗転の契機になるという事実は、シェイクスピア好きの人々にとってはほぼ常識なのだが、このことに日本の厚生労働省が2016年に触れていたことを知って驚いた。

厚労省の話に行く前に、まず、劇のプロットで感染症が出てくる場面を知らない方のために筋書きに軽く触れる。

イタリア北部の町ヴェローナで、宿怨の二名家:モンタギュー家とキャピュレット家の間に抗争が絶えない。ところがその宿敵同士のそれぞれの男女が相思相愛になってしまう。それがモンタギュー家のロミオと、キャピュレット家のジュリエットだ。

高潔の修道士ロレンスは、ふたり(ロミオとジュリエット)を秘密裏に結婚させる。ところが、ロミオは、ジュリエットの従兄ティポルトを抗争で殺してしまい、町から追放処分になってしまう。

一方、ジュリエットは親から無理やりパリス伯爵に嫁がせようとさせられるが、ロレンス修道士は計略をジュリエットに実行させる。

それは、2日間仮死状態になる劇薬をジュリエットに飲ませて葬式にもちこませ、その後、蘇生したジュリエットをロミオと駆け落ちさせるという策略だった。

そして、この策略を首尾よく運ぶために、追放処分になったロミオにこの計略を手紙で知らせる必要があった。

しかし、ロレンス修道士からロミオへの手紙を託された修道士ジョンは、あることが理由でこの手紙をロミオに届けることができなかった。

ジョン修道士が手紙をロミオに届けることができなかった理由は、病人の見舞いに来ていた別の托鉢修道士と出会ったところを町の検疫官に見つかり、患者と濃厚接触をしたという疑いで隔離監禁されてしまったのだ。

こうして隔離されたジョン修道士は、持っていた手紙をロミオに届けることができず、ロミオはロレンス修道士の計略を知ることなく、物語は破局へと進んでいったのだった。

 

厚労省の解説

2016年10月に書かれた、厚生労働省のロミジュリ解説には、次のようにある。

「ロミオとジュリエットの初演は1595年前後のロンドンと言われていますが、1592~94年にはロンドンでペストの流行があったとされています。・・・ペストの流行のためロンドンの劇場は閉鎖が相次ぐなど、ペストがロンドン市民の生活に対して強いインパクトを与えていました」

伝染病警戒によるメッセンジャーの隔離処分で手紙がロミオに届かなかったわけだが、この伝染病とは、やはりペストだったのだ。

厚労省は、16世紀末にロンドンでペストの流行があったとしているが、17世紀半ばにもロンドンでペストの流行があったことが、ダニエル・デフォーの小説『ペスト』:"A Journal of the Plague Year"に書かれている。

この本は、出版当初はノンフィクションとして扱われていたが、その後はフィクションの小説だという評価が定着した。というのも、「1665年の記録」とデフォーはしているが、デフォーが生まれたのは1660年なので、5歳児が見聞きしたことを記録できるはずがない。再構築ということであれば歴史的事実を一部盛り込んだフィクションということになる。ともあれ、この辺の区分けはなかなか難しい問題だ。

デフォーの『ペスト』については、私の別の記事「『ペスト』カミュとデフォー」で書いているので、ご興味がある方は、そちらのほうをご覧いただきたい。

『ペスト』 カミュ と デフォー

 

ロレンス修道士と修道士ジョンの再会

ロミオへの手紙を修道士ジョンに託したロレンス修道士が、再びジョンと会った時の様子が、小田島雄志訳では、次のように記されている。

<ジョン>  フランシスコ派のロレンス様、もし。

<ロレンス> そのお声は修道士ジョン殿のお声じゃな。マンチュアからよくもどられた。で、ロミオはなんと?・・・

<ジョン>  それが、実は道連れにと思って、同門のさる托鉢修道士を捜しに行きました。この町の病人を見舞いに来ていたところを捜しあてたそのとき、町の検疫官に、われわれ両人が伝染病におかされた患者の家にいあわせたと疑いをかけられ、戸には封印、すっかり足止めをくわされ、マンチュアへのいそぎの使いをはたせませんでした。

<ロレンス> ではだれがわしの手紙をロミオのもとに?

<ジョン>  とどけることができず、ここにもっておりますが、こちらに送り返す使いのものもなかったのです。みんな伝染病をこわがっておりまして。

<ロレンス> なんと不運な。実をいえばあの手紙、どうでもいいようなものではない、重大な要件をになっているのだ。すてておくと、いのちにかかわる大事になるかもしれぬ。

 

16世紀と2020年の相似

16世紀末と言えば、日本では安土桃山時代である。

その時代に流行したペストに翻弄される社会の様子が、21世紀:2020年の新型コロナウイルスに翻弄される世界と非常によく似ていることが、「ロミオとジュリエット」からも垣間見られる。

それは、濃厚接触者の隔離と、人々の恐慌と狼狽、感染防止のための権力による法の執行といったようなことである。

感染症は、上手く行きかけた計画さえも頓挫させたり、暗転させるということを、今この世界に住む我々は実際に目撃し、また、身をもって体験している。

シェイクスピアは、この事実を「ロミオとジュリエット」という名作のプロットの中に巧みに仕掛けて戯曲化していた。

新型コロナウイルスで苦しい時代を生きる我々は、「ロミオとジュリエット」を、再び、この観点からもう一度真剣に読み直すべきなのかもしれない。

ロミオとジュリエット (新潮文庫) (日本語) 文庫本  

 

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ロミオとジュリエット (白水Uブックス) (日本語) 新書版 

 

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"ROMEO AND JULIET" WILLIAM SHAKESPEARE

  • 著者: William Shakespeare
  • 言語: 英語版
  • 出版社: Amazon Services International, Inc.
  • 発行日: April 5, 2020
  • 版型: Kindle版
  • 価格(税込): Kindle版:325円

 

原語での表現

上記日本語版(小田島雄志訳)のロレンス修道士と修道士ジョンの再会の場面は、原典の英語表現では、以下のようになっている。

<FRIAR JOHN >

Holy Franciscan friar! brother, ho! 

<FRIAR LAURENCE >

This same should be the voice of Friar John. Welcome from Mantua: what says Romeo? Or, if his mind be writ, give me his letter. 

<FRIAR JOHN >

Going to find a bare-foot brother out One of our order, to associate me, Here in this city visiting the sick, And finding him, the searchers of the town, Suspecting that we both were in a house Where the infectious pestilence did reign, Seal'd up the doors, and would not let us forth; So that my speed to Mantua there was stay'd. 

<FRIAR LAURENCE >

Who bare my letter, then, to Romeo? 

<FRIAR JOHN >

I could not send it,—here it is again,— Nor get a messenger to bring it thee, So fearful were they of infection. 

<FRIAR LAURENCE>

Unhappy fortune! by my brotherhood, The letter was not nice but full of charge Of dear import, and the neglecting it May do much danger.

 

小田島雄志訳では、"Or, if his mind be writ, give me his letter. "「ロミオが手紙を書いてよこしたのなら見せてくれ」(拙訳)という部分が略されているのがわかる。

また、"was not nice but"という部分もぼやかされている。

おそらく、シェイクスピアは、"was not nice but"という言葉に、ローレンス修道士の内心の宗教的倫理的葛藤を盛り込んで書いている。

シェイクスピアはこの細やかな心理のあやをこの短い節で加えることで、ローレンス修道士の高潔な性格を描出し、それによって修道士という聖職の身分でありながらこのような大胆な策略を展開するプロットに現実味を持たせたかったのではなかろうか。逆に言えば、この戯曲の読者や観客となる英国や欧州の人々と社会が「修道士(friar)」という職業に期待する倫理水準が、かなり高く想定されていたとも言えよう。

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石川 雅一

石川 雅一

 東証ペンクラブ 会員。学校法人評議員。 元日本放送協会で国際報道に従事。アフガニスタン内戦、カシミール内戦、パンチャヤト大暴動( ネパール)、湾岸戦争、アメリカ航空宇宙局(NASA)、国連安全保障理事会、ニューヨーク市警、米国核廃棄物、ロスアラモス国立研究所、米国海軍、米加漁業紛争、京都の歴史文化伝統産業などを取材。国際機関アジア太平洋放送開発機構講師(JICA専門家)としてクアラルンプールでアジア各国の放送局のジャーナリストを育成指導。金融市場分析のテクニカルアナリストとして日本の全産業三千数百社の上場企業のテクニカル分析をダイヤモンド社で三季にわたって完遂。  早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程中途退学。早稲田大学大学院商学研究科専門職学位課程修士(研究科長賞受賞)。MBA( Le Cordon Bleu; Global Service Business, WBS)。Certified Financial Technician(CFTe Ⅱ)。 一級小型船舶操縦士、剣道初段、趣味は能楽。

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