『ハイネ詩集』 ハインリヒ・ハイネ著, 井上正蔵 訳
- 著者: ハインリヒ・ハイネ著, 井上正蔵 訳
- 出版社: 旺文社
- 言語: 日本語
- 発行日: 1969年6月15日
- 版型: 文庫本
- 価格(税込): 絶版
ロマンと風刺の二律背反: 詩人ハイネ
「抒情詩」の詩人として名高いハインリヒ・ハイネ(1797年~1856年)は、ドイツのデュッセルドルフで、ユダヤ人の家庭に生まれた。
ハイネはロマン派として一応位置付けられているが、ハイネの詩を見ると、ロマン派的な詩も確かにある一方で、きわめて辛辣な風刺の詩も存在する。ロマンと厭味という、まったく相反する要素が二律背反として同時に存在するのが、詩人ハイネであるように思われる。
ハイネは23歳でボン大学に入学した。当時のドイツは1789年のフランス革命から30年後で、保守派の巻き返しの反動が強い時期だった。リベラルな学生たちは、大学当局の取り締まりに対して言論の自由を唱えていた。大学当局が招いた講師に飽き足らなかったのか、ハイネはボン大学からゲッティンゲン大学へと転入したが、反ユダヤ主義の学生連合からハイネは排除されてしまった。ハイネは他の学生に決闘を挑み、大学当局はハイネを6ヵ月間の停学処分とした。その経緯を聞いた叔父は、そんな酷い大学にいるべきではないとして、ハイネをベルリン大学へと転入を促した。大都市ベルリンは自由の雰囲気にあふれていた。ベルリン大学でハイネは哲学者のヘーゲル教授の授業に参加することもできて、ハイネはヘーゲルから多大な影響を受けた。
ロマン的なハイネの詩
ハイネのロマンあふれる詩としては、たとえば、「愛のあいさつ」がある。4つの詩節から成るその詩の第2詩節と第3詩節を以下に引く。
やさしいあなたの瞳から
月のあかりが浮かび出る
赤いあなたの頬からは
薔薇のひかりが射している
かわいいあなたの唇(くち)からは
白い真珠がのぞいてる
いちばんきれいな宝石は
だけどあなたの胸のなか
読んでいて、半分恥ずかしくなるくらいに純情きわまりないロマンチックな詩だと思える。
でも、ハイネの複雑なところは、前述したように、このようなロマンとは正反対の痛烈な風刺の詩があることである。たとえば、「女」という詩がある。4つの詩節から成るその詩の第1詩節と第2詩節を以下に引く。
ふたりはとても惚れあっていた。
女は毒婦で男は泥棒だった
男がひとかせぎやっているあいだ
女はベッドのなかで笑っていた
夜ごと女は男の胸に抱かれた
淫欲と歓楽の日はながれた
男が牢屋に引っぱられたとき
窓から女は笑って見ていた
「愛のあいさつ」と、「女」のふたつの詩を並べてみたときに、同じ詩人が書いた詩だと思えるだろうか? でも、この複雑な二律背反が、ハイネの深い魅力を醸し出している理由のひとつでもあるように思える。
19世紀のこの頃にあっても、ユダヤ人はドイツで迫害を受けることがあったということが、ハイネの人生を振り返ってみると垣間見える。ハイネの痛烈な風刺の精神は当局から監視されていたようで、ハイネは、ドイツを出てフランスに移住することを決心した。
ちなみに、カール・マルクス(1818年~1883年)は、ハインリヒ・ハイネの遠い親戚で、マルクスはハイネの熱狂的な信奉者だったという。マルクスはプロイセンの弾圧を逃れてパリに来たが、ハイネとマルクスはパリでたびたび会合していたとされる。
ハイネは58歳でパリで亡くなり、ハイネの墓は、パリのモンマルトルの丘の上にある墓地に在る。