『バイロン詩集』 ジョージ・ゴードン・バイロン著, 小川和夫 訳
- 著者: ジョージ・ゴードン・バイロン著, 小川和夫 訳
- 出版社: 白鳳社
- 言語: 日本語
- 発行日: 1975年7月25日
- 版型: 単行本
- 価格(税込): 絶版
貴族詩人バイロンの憂愁
前回は、両親を幼くして亡くし徒弟奉公から医師になったジョン・キーツ(1795年~1821年)を取り上げたが、今回取り上げるジョージ・ゴードン・バイロン(1788年~1824年)は、キーツよりも7年先に生まれ、夭折したキーツの死の3年後にこの世を去った。キーツもバイロンも、同じ時代を同じロマン派の詩人として生きながらも、キーツが貸馬車屋を営む庶民、よく言っても中産階級の出身だったのに対して、バイロンは男爵の子息、つまり貴族として生まれた。そのため、人々からはバイロン卿(Lord Byron)と呼ばれた。
しかし、貴族で美男子と言われたバイロンにも憂いがなかったわけではなく、生まれながらに右足が不自由だった。一方で女性関係については、バイロンはキーツほど潔癖ではなく、多くの女性と恋愛関係を重ねた。
女からの別れの手紙
バイロンは別れた女から来た恨みつらみの手紙さえも、そのまま詩にしてしまうという赤裸々な詩も残している。「ジュリアの別れの手紙」がそれだ。7つの詩節から成るこの詩の最初の詩節を次に引く。
「 事がきまって、あなたさまはお出立ちになると伺いました。
それが上策、── それでいい、と思っても、嘆きは鎮まりませぬ。
もうあなたさまのお情けにすがるわけにはゆきませんのね、
迷って傷ついても、また迷うのがあたしの心でございます。
ただもうひたすらお慕いする、あたしとしてはその術(すべ)しか
心得てなかったのでございます。── 大急ぎで書いておりますので、
この紙に汚点(しみ)がありましても、それは涙ではございません。
眼(まなこ)は焼けて戦(おのの)いてはいますけれど、涙は涸れておりますもの。
・・・・・・・・・・・・・
バイロンはこの詩の最後の詩節を次のように締めている。
この手紙は金縁(きんぶち)の紙に、清楚で小さい
烏羽(からすは)ペンのほっそりした新しいので記された。
小さな白い手は封蝋をとろうとしてためらった。
磁針がふるえおののくように、それはふるえているのだった。
しかし彼女は一滴の涙も流しはしなかった。
捺す印章は向日葵(ひまわり)の花に、「彼女はあなたにどこまでも(エル・ヴー・シュイ)
従う(パルトゥー)」という題銘が白い瑪瑙(めのう)に刻まれている。
蝋はとびきり上等で、その色は真紅(しんく)だった。
赤裸々にも、別れた恋の相手からの手紙をそのまま詩にしてしまうバイロン。そこには、第1詩節から第6詩節まで、びっしりと、相手の女の恨みつらみが、上流階級の礼節をもった丁寧さのなかにも時に刺すように書かれている。締めの第7詩節の終わりまで、バイロン自身が心に感じた思いは一切書かれてはいない。
バイロンは封蝋を蝋燭で燃やしながら封筒に垂らすときの彼女の手が「磁針がふるえおののくように」震えていたことを、垂らした封蝋の乱れから読み取る冷静さを持っていた。その時、バイロンは、何を感じていたのだろうか。