文学

『ペスト』 カミュ と デフォー

2020年3月29日

『ペスト』(LA PESTE) アルベール・カミュ

  • 著者: アルベール・カミュ
  • 言語: 日本語版
  • 出版社: 新潮社
  • 発行日: 1969年10月30日。Kindle版は2017年3月10日
  • 版型: Kindle版・ペーパーバック版
  • 価格(税込): Kindle版:742円、ペーパーバック版:825円

 

疫病と不条理

コロナウイルスの蔓延が影響して、73年前に出版されたアルベール・カミュの『ペスト』がベストセラーになっている。カナダの新聞『The Post Millennial』(C. Jones, 2020/3/15)は、次のように書いている。

「コロナウイルスは全世界の人々を消毒剤購入やトイレットペーパー漁りへと駆り立てたが、アルベール・カミュの小説『ペスト』(英名"The Plague")も爆売れしている」 (拙訳)

日本でも3月に入るとカミュの『ペスト』はベストセラー入りし、現在(2020/03/30)アマゾンの売れ筋ランキングでありとあらゆるジャンルの本の中でカミュの『ペスト』は第2位に入っている。

アルベール・カミュ(Albert Camus 1913~1960)は1957年に四十代前半でノーベル文学賞を受賞したフランスの作家で「不条理(absurdite; フランス語)」の世界を描いた作家とされる。実存主義では「不条理」とは「人生の非合理で無意味な状況を示す語」とされる。

カミュの『ペスト』の最初のページ(小説が始まる前)には、英国の作家ダニエル・デフォー(1660~1731)の次の言葉が引用されている。

「ある種の監禁状態をある種のそれによって表現することは、何であれ実際に存在するあるものを、存在しないあるものによって表現することと同じくらいに、理にかなったことである」

この和訳がすんなりと来ないので、この文章をカミュの『ペスト』英語版"Plague"で見てみると、次のような英文になっている。

”It is as reasonable to represent one kind of imprisonment by another, as it is to represent anything that really exists by that which exists not.”

やはり、「ある種のそれ」という和訳表現がおかしいのだと気づく。"another"なのだから、「別の監禁状態」と訳したほうが日本語としてはすんなり来るだろう。ともあれ、このように和訳で意味が分からない時に原語文を見ると、「ああそういう意味か!」とわかることがよくある。

ちなみに、本書は一説によると、ナチスドイツによるフランスの監禁状態をペストによる監禁状態によって表現したという仮説がある。つまり、「ある種の監禁状態」とは、ナチスドイツによる監禁状態であり、「別の監禁状態」とは、ペストによる監禁状態ということになる。

 

20世紀のカミュと17~18世紀のデフォー

実はカミュが『ペスト』を1947年に上梓するよりも225年も前に、デフォーは『ペスト』という小説(1722年出版)を書いている。

カミュの『ペスト』は、カミュが生まれた土地であった北アフリカのフランス領オラン市(現アルジェリア領)が小説の舞台となっている。時代は20世紀半ばの「194*年」と小説に書いてある。

デフォーの『ペスト』は、デフォーが生まれた17世紀(「1665年」と小説に書いてある)のロンドンが小説の舞台となっている。

デフォーはジャーナリストでもあったため、またデフォーの『ペスト』の英語原題が”A Journal of the Plague Year”(悪疫年の日誌)と記録のような形で書かれているため、出版当初はノンフィクションとして扱われていたという。その後はフィクションの小説だという評価が定着した。というのも、1665年の記録とデフォーはしているが、デフォーが生まれたのは1660年なので、5歳児が見聞きしたことを記録できるはずがない。再構築ということであれば歴史的事実を一部盛り込んだフィクションということになる。

ただ、それにしてもデフォーの『ペスト』は記録調のジャーナリスト文体であるため生々しい。ロンドンのセント・ジャイルズ地区とセント・アンドルー地区での一週間ごとの死者数が列記されている。昨今の日本で毎日感染者数と死者数が報道されているのと同じやり方である。17世紀当時は感染しているか否かを見分ける手段はなかったので、死者数の羅列である。しかも死因も疫病(ペスト)によるものかどうかもわからなかったので全死者数の列記だが、これがジャーナリストの記録調なので生々しいのだ。

これに比べてカミュの書き方は如何にもな小説の書き方で、17~18世紀のデフォーが20世紀のカミュよりも「現代的だ」とされるのは、まさにその文体の違いゆえである。

デフォーの『ペスト』は中央公論新社から2009年に改版として出されたものが廃版になっており、中古の文庫本の価格も4千円近くにまで高騰している。

原語の英語版がKindle版で出されていて安価に入手できる。例えば以下のものなどだ。

 

『ペスト』(A Journal of the Plague Year) ダニエル・デフォー

  • 著者: Daniel Defoe
  • 言語: 英語(原語)版
  • 販売: Amazon Services International, Inc.
  • 版型: Kindle版
  • 価格(税込): Kindle版:333円 (本書以外にも英語版Kindle版で同じような価格で何冊か出ている。)

 

デフォーにおける「監禁」

ちなみに、カミュの『ペスト』の最初のページ(小説が始まる前)に引用されたデフォーの言葉の「監禁状態」(imprisonment)という単語であるが、デフォーの『ペスト』には、"imprison"という言葉が5か所に出てくる。たとえば、以下のような文である。”原文”に「拙訳」を添えておく。

'That the burial of the dead by this visitation be at most convenient hours, always either before sun-rising or after sun-setting, with the privity of the churchwardens or constable, and not otherwise; and that no neighbours nor friends be suffered to accompany the corpse to church, or to enter the house visited, upon pain of having his house shut up or be imprisoned.

「死者の通夜・埋葬は便宜上、夜明け前か日没後に行われる。地区の英国国教会の教区委員や巡査がつくだけだ。ほかの近所の人々とか友人とかが死体に付き添って教会に行きはしないし、家を弔問することもない。死者が出た家は封鎖されて監禁されるのだ」(拙訳)

 

デフォーが執筆した17世紀のロンドンの状況と現在の新型コロナウイルスで世界各国が強いられている状況があまりに相似していることに、驚きを禁じ得ない。

 

新潮文庫版         Kindle版(新潮) 

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石川 雅一

石川 雅一

 東証ペンクラブ 会員。学校法人評議員。 元日本放送協会で国際報道に従事。アフガニスタン内戦、カシミール内戦、パンチャヤト大暴動( ネパール)、湾岸戦争、アメリカ航空宇宙局(NASA)、国連安全保障理事会、ニューヨーク市警、米国核廃棄物、ロスアラモス国立研究所、米国海軍、米加漁業紛争、京都の歴史文化伝統産業などを取材。国際機関アジア太平洋放送開発機構講師(JICA専門家)としてクアラルンプールでアジア各国の放送局のジャーナリストを育成指導。金融市場分析のテクニカルアナリストとして日本の全産業三千数百社の上場企業のテクニカル分析をダイヤモンド社で三季にわたって完遂。  早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程中途退学。早稲田大学大学院商学研究科専門職学位課程修士(研究科長賞受賞)。MBA( Le Cordon Bleu; Global Service Business, WBS)。Certified Financial Technician(CFTe Ⅱ)。 一級小型船舶操縦士、剣道初段、趣味は能楽。

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