『オープン・イノベーション ハーバード流 イノベーション戦略のすべて』 ヘンリー・チェスブロウ
- 著者: ヘンリー・チェスブロウ, 大前恵一朗 訳
- 言語: 日本語版
- 出版社: 産業能率大学出版部
- 発行日: 2004年10月28日
- 版型: 単行本
- 価格(税込): 単行本:2,420円
クローズドとオープンのR&Dの違い
私(書評者)がチェスブロウの和訳本を最初に手に取ったのは本書発行の翌年(2005年)だったと思うが、私はまったく同じこの本を二冊持っている。私は本書2冊を自宅とオフィスの双方にそれぞれ置いて、何度も繰り返し読み込んできた。
本書の内容は、企業の研究開発(R&D)のあり方についての議論である。それは主に、クローズド・イノベーションとオープンイノベーションの比較であり、一見、実にシンプルだが、読めば読むほどに味がしみだしてくるというか、本書を開くたびに新しい知見がみいだされる。正確に言えば、知見がみいだされるというよりも、本書のフレームワークに当てはめて、さまざまな企業の事例を考え直しているのだ。
クローズド・イノベーション(Closed Innovation)とは、文字通り、閉鎖系の(閉じた)研究開発の仕組みである。もともとは正統派の仕組みなのであるが、私(書評者)の言い方で言えば、「引きこもり系」のイノベーションシステムである。
一方、オープン・イノベーション(Open Innovation)とは、またも文字通り、開放系の(開いた)研究開発の仕組みである。クローズド・イノベーションが自社だけで引きこもって研究開発をするのに対して、オープン・イノベーションは、常に外に目が向いていて社交的であり、他者(他社)と群れ遊ぶ「群生的」な研究開発の仕組みである。
本書が述べていることは、主にこのOpen(開いた)とClosed(閉じた)の違いだけなのだ。私が本書を実にシンプルだと言ったのは、この意味に尽きる。だから私もこの本を最初に手に取った時にはたった1日で通読して意味がわかったと思い込んでしまった。しかし、その後は、上記の通り、何度も何度もこの本を手に取って各項を見直すこととなった。最初は単純明快だと思ったフレームワークが、考えれば考えるほどに深淵だと思えるようになり、同じ本を2冊買ってしまったのだ。
閉鎖系から開放系へのR&Dの変針
従来、企業内部の研究開発は競争相手に対する参入障壁になると考えてきた。つまり、自社のR&Dが盛んに行われれば、有力な特許も取れて、そうした独自技術が競合他社の侵入に対する防壁になると考えられていた。そうした考え方からすれば、研究開発において、研究人員スタッフを自社の中央研究所に抱え込んで自社だけで秘密裏に研究を進めるというクラシックなR&Dの形は当然の帰結だった。
デュポン(DuPont)、メルク(Merck)、IBM、GE、AT&Tといったような巨大企業は、巨額な研究開発投資で業界のR&Dの先頭を走ってきた。こうした巨人に対抗して優位を得るためには、その巨額投資以上のR&D投資を競合他社はしなければならないというのが定説だった。
しかし、上記の巨大企業は新興の企業との競争に直面するようになった。それらの新興企業は、インテル、シスコ、マイクロソフト、サン、オラクル、アムジェン(Amgen)、ジェンザイム(Genzyme)といった柔軟な発想を持った企業だった。これらの新興企業は、デュポンやメルクやIBMのような自社の巨大な中央研究所を持っていたわけではなかった。研究室はもちろんあったが、少なくとも、従来の巨人企業のような巨大なR&D組織を自社内に保有していたわけではなかったのである。
それでは、新興企業はどのような仕組みをもってして従来の巨人の立場を現実に脅かすほどに台頭して来れたのか?
それらの新興企業は、自社内ではほとんどと言ってよいほどに、研究開発は自前組織では行わなかったのだ。それらの新興企業は、他者(他社)にイノベーションの供与を求めたのである。つまり、閉鎖系から開放系のイノベーションへの転換であった。外に向いて「一緒に群れよう。一緒に遊ぼう」と叫ぶインテルやマイクロソフトの周りには、ごくごくまだ小さな企業(企業と言うよりも「起業」と言ったほうが適切な場合も多い。)、幼児たち、それも天才児たち(ベンチャー企業)が集まってきて、「一緒に遊ぼう」と言って群れ遊んだのである。
開放系の優位と閉鎖系の転落
小さな者が群れ集っても、大きな中央集権的な巨大研究所に勝てるわけがないだろうというのが、従来の大多数の人々の見方だった。
しかし、リサーチ(研究)に特化したベンチャー企業が群れ集まった開放系R&Dの企業、インテルやマイクロソフトといった、かつては新興企業だった会社が、旧来の巨人企業たちを押しのけて、いまやそれらの企業が新たな巨人へと成長したのだ。
旧来の閉鎖系のR&Dの基盤を持っていた巨人企業にとって悪い事には、巨額な研究開発投資がしばしば無駄になることが多かった。莫大な費用をかけて育ててきたシーズ(研究のタネ:基礎研究)が商品としてモノにならないとトップによって判断されることも多かったのだ。しかもさらに悪い事には、モノにならないとしてサンクコスト(埋没費用)として捨ててしまったこのようなシーズが、今度は他社がそれをまさかの有効活用して、その他者に大きな利益をもたらす例も出てきたのである。
社内と社外のアイデアのフュージョン
オープン・イノベーションとは、アイデアが社内・社外を問わず生まれて、そのアイデアがやはり社内・社外を問わずにマーケットに出て行くことを意味する。クローズド・イノベーションのように、社内を通じてしかマーケットに出て行く道がないという状態とはまったく異なるという。また、オープン・イノベーションとは、社内で研究されたアイデアと社外のアイデアとを結合し、自社の既存ビジネスに他社のビジネスを活用することであるともいう。こうした世界的な知識の広がりは、かつて知識が企業内研究所のみに独占されていた時代の終焉を意味することになった。
ただし、伝統的な企業内研究所によるイノベーション手法は多くの産業で時代遅れとなったものの、このことがただちに、自社内の研究開発が不要になったということを意味するわけではない。他社のアイデアを物色しながらも、自社で研究されたアイデアを自社が商品化するのみならず、その自社アイデアを社外に出すことによって利益を得る方法も考えるべきだと著者は言う。
本書は、「オープン・イノベーション」の時代の開始を告げた名著と言って過言ではない。そして、本書が指し示す羅針盤の有効性は、いまだに健在であると思われる。
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