『国家はなぜ衰退するのか ー 権力・繁栄・貧困の起源』下巻 アセモグル & ロビンソン
- 著者: ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン, 鬼澤 忍 訳
- 言語: 日本語版
- 出版社: 早川書房
- 発行日: 2013年6月25日。Kindle版は2013年8月15日
- 版型: Kindle版・単行本・文庫本
- 価格(税込): Kindle版:495円、 単行本:2,640円、 文庫本:1,100円
欧州の帝国が植民地に移植した収奪の構造
奴隷制は太古の昔から存在した。欧州では、古代ギリシャの時代から戦争捕虜は奴隷とされていた。ローマ時代においては、奴隷の供給源はスラブ民族の住む黒海周辺、中東、北欧だったが、1400年までに、ヨーロッパ人は互いを奴隷にするのをやめたという。ヨーロッパ人たちは、15世紀半ばからアフリカを奴隷の供給地とみなすようになった。
17世紀にカリブ海諸島で始まったサトウキビのプランテーション植民地が発展すると、国際的な奴隷貿易はとてつもなく拡大した。全期間を通じてアフリカ各地の数字を合計すると、少なくとも1千万人を超えるアフリカ人が奴隷として輸出されたという。
アジアでは、17世紀初頭にはオランダがジャワ島に進出し、バンダ群島のほとんどの住民を虐殺して広大な無人になった土地をプランテーション化した。そこには商品作物づくりの労働力として奴隷が輸入された。
ちなみに、(本書には書かれていないが、)日本では、16世紀末に豊臣秀吉が「吉利支丹伴天連(キリシタン・バテレン)追放令」を出した理由の一つとして、ポルトガル人らが日本人を日本から奴隷として輸出していたという事実が一説として挙げられている。
18世紀末に奴隷貿易廃絶へのうねりがイギリスで起こり、19世紀初頭に奴隷貿易を違法化する法案がイギリス議会で通過し、翌年にはアメリカ合衆国でも同様の法案が議会を通過した。
しかし、アフリカでは奴隷制に基づいた体制が続いていた。奴隷貿易に代わり商品作物(ヤシ油、ピーナッツ、象牙、ゴム)が通商の品目となったが、アフリカ社会では、こうした商品作物を奴隷に作らせるようになった。
著者は構造的な南北問題の貧富格差と不平等を生んだのは、一部の国が産業革命・テクノロジーと組織化の方法を利用した一方で、ほかの国にはそれができなかったからだと主張する。そして新しいテクノロジーを利用しなかった国々は、収奪的制度に基盤を置いていたがゆえに新しいテクノロジーを利用しなかったのだとしている。
宝くじも 特権階級が当てる国
本書には驚くべき事実が書かれている。
2000年、一部が国有されているジンバブエ銀行が運営する国営宝くじの抽選会で、司会者が唖然とした。当たりくじが手渡されると、「ムガベ大統領閣下」とそこに記されていたからだという。しかし、それを聞いた国民たちは驚かなかったかもしれない。
ムガベ前大統領は、去年(2019/9/6)、95歳で療養先のシンガポールで死去した。筆者(書評者)はインターネット英会話を利用してアフリカ諸国の講師たちと話すことがよくあり、ジンバブエの何人かの講師と首都ハラレ(Harare)などの現状について聞いてきた。ハラレでは毎日ほとんどの時間が停電し、上水道水も途切れているので井戸(boreholes)を使っているという。スーパーマーケットや商店には商品がなく、年間十万パーセントといわれた超々インフレが続く苦境について、かの国の講師たちはぼやく。粉ミルクの値段が翌日行くと2倍になっているが商品があればまだましだという。病気になっても医師たちがストライキ状態だし、病院にさえ医薬品がまったく無いのだ。
停電が続く中でなぜインターネットで私と話せているのかと質問すると、太陽電池で給電しているからだという。ムガベ前大統領やムナンガグワ現大統領についてもよく話を聞いた。ムガベ前大統領が死去した直後に「どう思っているか?」と訊くと、「悲しいとは思っていない。彼は国富と国民を搾取して独り占めにしてきた」と言った。「でも、ムガベ大統領はジンバブエを独立させた英雄じゃないか」と私が言うと、「昔はヒーローだった。しかし権力の座につくと英国に代わって国民を搾取してきた。庶民は毎日の生活に四苦八苦してきた」と話した。ムナンガグワ現大統領について訊くと、「ムガベよりも遥かに酷い」と何人かが異口同音に言った。
ジンバブエの状況はこれ以上ないくらいに本当に酷い。だけれども、インターネットで政治についてぼやきを言えるというのは、ネット監視と通信傍受で政権批判者が逮捕連行される国々に比べればまだましだとも思えた。
貧困の理由
このようなムガベによる独立から個人支配の確立に至る経緯も本書には詳細に書かれている。独立と同時に、ムガベは白人統治時代につくられた一連の収奪的経済制度を引き継いだと著者は言う。
世界の大半の学者はこうした最貧国の貧困の理由を次の理由で説明するという。
- 砂漠などの地勢によって農業営為が不可能。
- 経済的発展や繁栄に不利と思われる文化的特性。
- 支配者が無知で間違った政策・戦略に従っている。
しかし、これらの最貧国の庶民たちは、違う理由を挙げる。それは、「政治権力が限られたエリートによって行使され富が独占されている」という理由だ。
本書の著者は言う。「彼ら(その国の庶民)が言うことのほうが学者たちの言うことよりも正しい。彼ら最貧国の国民たちはわかりすぎるほどわかっている」
イギリスやアメリカ合衆国のような国々が裕福になったのは、権力を握っていたエリートを国民が打倒し、現在のような社会をつくりあげたからだ。政治的権利がはるかに広く分散され、政府が国民に説明責任を負って敏感に反応し、国民の大部分が経済的機会を利用できる社会になったからだと著者は主張する。そして、国家が経済的に衰退する原因は、収奪的制度にあると結論付けている。アフリカのジンバブエやシエラレオネ、南米のコロンビアやアルゼンチン、アジアの北朝鮮やウズベキスタン、中東のエジプトといった、経済的に衰退した国々は様々な条件が異なるものの、ひとつだけ共通するものがある。それが収奪的制度だと著者は言う。
日本は封建的制度を廃止した明治維新以来、一時的に敗戦で没落した時期もあったものの、世界の様々な地域諸国と比較する限りにおいては、ほぼ一貫して経済発展と富の分配にまずまずは成功してきたほうだと言えるだろう。しかし、新型コロナウイルスでまた国民の多くが貧困の陥穽の間際にいる状況の中で、政治が政策判断を間違えると、貧富の格差の悲惨な増大と既得権勢力の跳梁跋扈と貪欲な搾取につながる恐れもある。国民はよくよく用心し警戒して、社会正義の決然とした執行を促し見守る必要があるだろう。
文庫本 Kindle版
**************************
単行本