ノンフィクション 旅行記

山好き必読の道迷い遭難記

『道迷い遭難』 羽根田 治 著

  • 著者: 羽根田 治 著
  • 出版社: 山と渓谷社
  • 発行日: 2015年11月30日
  • 版型: キンドル版・ペーパーバック
  • 価格(税込): Kindle版:¥880,  ペーパーバック:  ¥880.

 

様々な山での遭難事例

思わずジャケ買いしたくなるほどに装幀が美しい。山中に差し込む朝陽の光芒が逆光で人を誘(いざな)うかのようである。しかし道らしいものは見えない。この写真は山岳遭難のきっかけを描写しているようで妙である。美しさに見とれて細い路に一旦踏み入ったら、あれ、この道おかしいなと思う瞬間。しかし、もう少しだけ、この美しさが誘う方へと進んでみよう。そんな状況が感じられるような写真装幀である。

本書は山岳遭難のノンフィクションである。実際に山で道に迷って遭難した人々がどのようにして道に迷い遭難する羽目に至ったのか、遭難してから救助されるまでの困難さを次の7つの遭難ケースを当事者たちに取材して詳細に状況を振り返っている。

  1.  南アルプス 荒川三山
  2.  北アルプス 常念岳
  3.  南アルプス 北岳
  4.  群馬 上州武尊岳(じょうしゅう ほたかやま)
  5.  北信 高沢山
  6.  房総 麻綿原高原(まめんばらこうげん)
  7.  奥秩父 和名倉山(わなくらやま)

これら7つの遭難事例の中には、アルプスの冬山といったような高度な上級者向きの山岳コースもあれば、房総半島での標高340mという低山での遭難もある。そして、これら7つの遭難事例に共通していることはと言えば、いずれも初心者による遭難ではなくて、すべてが「ベテラン」とまでは言えないとしても、山登り経験が結構豊富な人々による遭難という共通点がある。そして、多くのケースで、捜索のためのヘリコプターが出動するような大事となっている。

著者の羽根田 治(はねだ おさむ)は山岳ジャーナリストで、山での遭難について多くの本を書いている。羽根田 治の「遭難」シリーズとしては、本書『道迷い遭難』の他に、『単独行遭難』、『気象遭難』、『滑落遭難』、『山岳遭難の傷跡』、『生還 山岳遭難からの救出』、『山岳遭難の教訓』、『空飛ぶ山岳救助隊』などがある。

羽根田はまた、山で出くわす危険な熊についての本も書いている。

 

2019年の遭難総数の概要

著者の「あとがき」によれば、2004年度の山での遭難者数は1,609人、うち、「道迷い」による遭難者は553人と遭難総数の三分の一を占めているという。

私(書評者)が去年度について調べてみたところ、警察庁生活安全局生活安全企画課の発表データによれば、2019年度の日本全国での山岳遭難事故の件数は2,531件(前年対比マイナス130件)、遭難者数で2,937人(前年対比マイナス192人)だった。このうち、死者および行方不明者が299人だった。負傷者は1,189人、ケガもなく救出されたのは1,449人だった。山岳遭難の発生件数を都道府県別にみると、最も多いのが長野県で265件、次いで北海道が202件、そして3番目に山梨県で165件だった。

警察庁は目的別・態様別に分析していて、目的別にみると、登山(ハイキング・スキー登山・沢登・岩登りを含む)が75.7%と最も多く、次いで山菜採り・キノコ採りが12.3%を占めていた。態様別にみると、「道迷い」が38.9%と最も多く、次いで転倒が16.8%、三番目に滑落が16.5%だった。年齢層では、40歳以上が2,335人と全体の79.5%を占め、60歳以上が1,488人と全体の50.7%だった。遭難者の半数以上が60歳以上だったのである。

警察庁は通信手段の使用状況にも触れていて、遭難発生件数2,531件のうち77.9%が遭難現場から何らかの通信手段(携帯電話、アマチュア無線などの無線通信機器)によって救助を要請していた。GPS機能付きの携帯電話などの小型機器は、自分の現在位置を速やかかつ正確に救援機関に伝えることができて有効な手段ではあるものの、多くの山岳では通信エリアが限定されていることと、さらにはバッテリー消費のために追い詰められた必要な時に使えなくなる可能性もあるため過信は禁物であるとしている。

遭難件数の推移を長い視野で振り返ると、昭和の時代には毎年500件から600件程度で上下していたが、平成に入ると上昇の一途をたどってきた。5年前(2016年)には遭難件数が2千5百件の大台に乗せて昭和の頃の5倍ほどの多さにのぼっている。

 

おかしいなと思ったら引き返せ

「あれ、おかしいぞ」と思った時点で引き返さなければならないと、羽根田 治は書いている。ところが、この「引き返す」ということがなかなかできないのだという。「もうちょっと行ってみよう」とずるずると先に進んでいってしまい、このように進めば進むほど引き返す事がさらに億劫になってしまって、どんどん深みにはまっていってしまうのだという。「このままいけばどこかに出る筈だ」という淡くも甘い期待にすがりつつ前進を続けていくと、やがて行く手に滝や断崖や藪が立ちふさがり、増々袋小路に追い詰められていくというのが道迷いの典型的パターンだというのだ。

本書を読んでいると、その典型的なパターンが何度か繰り返される。

本書では、なぜ道(路)が無いところに迷い込んでしまったのか、いくつかのパターンが見られた。

  •  雨水が自然に流れる水路が山の中にはあって、それがまるでルートのように見えた。
  •  熊や鹿やイノシシなどが通る獣道(けものみち)があって、その獣道が、まるで人が通った路のように見えた。
  •  木の幹や枝にテープなどを誰かが巻いていたりして、まるでそれが標識であるかのように錯覚した。

それらのまるでルートであるかのように見えた偽りの入り口に入ってしまうと、やがて奥深い山の中に紛れ込んでしまう。「あれ、おかしいな」と思いつつ、引き返さずに進んでしまう。

本書で「引き返」すという言葉が何度出てくるかを検索して数えてみたら驚いた。何と、本書の中に「引き返」すという言葉が71回も書かれていたのである。

捜索救援を要請するのは、本人からの場合と、本人が戻ってこないことを心配した家族などからの場合とがある。本人は携帯電話を持っているが、山の中は電波圏外であったり、いざというときに携帯電話が電池切れというケースもある。山中の本人から警察などに携帯電話がつながったとしても、ルートを見失って道迷いしているために正確な場所が伝えられない場合もある。そして誰もがGPS機器を持ち歩いているわけではない。

遭難者を捜索するヘリコプターも本書では何度も出てくる。ヘリコプターのローター音が聞こえて手を振るが、ヘリコプターからは視認できずに飛び去ってしまうというケースが多い。山での遭難は鬱蒼とした木々の枝葉が上にかぶさっていることが多いため、上空からの遭難者の発見は困難をきわめることが多いのである。そんな時に何かを燃やして煙を立てろと人は言うが、とっさに火を起こせる余裕と時間もない。広域を探さなければならないヘリの音はすぐに遠ざかって行ってしまう。

多くの場合、比較的軽装で、食料や燃料もスペアとしてはわずかしか持っていない。

千葉県の低山での遭難の事例では、ハイキング主催団体による山行で、「近郊の山はほとんど歩き尽くした」ようなベテランがリーダーやサブリーダーを務めて参加者たちを率いていた。それでも、標高わずか3百数十メートルの山で遭難してしまったのである。

本書では写真や地図も豊富に載せていて、臨場感あふれる遭難記録となっている。

 

警察庁生活安全局では、登山では周到な計画と用心深い心構えが必要だとして、次のことどもを確実に実施するように呼び掛けている。

  •  余裕のある登山日程計画、携行する地図とコンパス・食料・服装・登山靴・ヘルメット・アイゼン・雨具・携帯電話や無線機と予備バッテリーの万全な準備。
  •  登山計画書や登山届の提出。
  •  地図の見方とコンパスの活用法の事前習得。
  •  地図とコンパスで常に自分の位置を確認するよう心掛ける。
  •  「道に迷ったかも」と思ったら、それ以上進むことなく、今歩いてきた道をたどって正規の登山道まで引き返せ。

 

 

 

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石川 雅一

石川 雅一

 東証ペンクラブ 会員。学校法人評議員。 元日本放送協会で国際報道に従事。アフガニスタン内戦、カシミール内戦、パンチャヤト大暴動( ネパール)、湾岸戦争、アメリカ航空宇宙局(NASA)、国連安全保障理事会、ニューヨーク市警、米国核廃棄物、ロスアラモス国立研究所、米国海軍、米加漁業紛争、京都の歴史文化伝統産業などを取材。国際機関アジア太平洋放送開発機構講師(JICA専門家)としてクアラルンプールでアジア各国の放送局のジャーナリストを育成指導。金融市場分析のテクニカルアナリストとして日本の全産業三千数百社の上場企業のテクニカル分析をダイヤモンド社で三季にわたって完遂。  早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程中途退学。早稲田大学大学院商学研究科専門職学位課程修士(研究科長賞受賞)。MBA( Le Cordon Bleu; Global Service Business, WBS)。Certified Financial Technician(CFTe Ⅱ)。 一級小型船舶操縦士、剣道初段、趣味は能楽。

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