『きもので読む源氏物語』 近藤富枝 著
- 著者: 近藤富枝
- 出版社: 河出書房新社
- 発行日: 2010年5月20日
- 版型: 単行本
- 価格(税込): 絶版
装束に秘められた貴族の心
私は本書を源氏物語の衣裳の写真が載った解説書だと勘違いして通販で買ったのだが、
著者の近藤富枝(1922年~2016年)は、エッセイストで、本書は源氏物語の装束をめぐるエッセイだった。
だから、当初は装束写真が掲載されているだろうと期待していたのだが、巻末にモノクロのイラストが6ページにわたって載ってはいたものの、写真は1枚も掲載されていなかった。
その点では最初ちょっと残念な気持ちもあったが、きものに造詣の深い著者のエッセイを読むうちに引き込まれた。
著者は「十二単(じゅうにひとえ)のショー」をあちこちの舞台で行っていたというが、その際に訊かれたのが、「『源氏物語』の夕顔や空蝉(うつせみ)などが邸宅にいるときも十二単でしょうか?」という質問だったという。
十二単は帝(みかど)や后(きさき)などの前に出る女房たちの公式の服装なので、通常は十二単を着ているわけではないと近藤は答えたという。夕顔や空蝉は、普段は袿(うちき)姿で過ごしていたという。
「六条院の女楽」の光景
光源氏47歳の睦月20日夜、南御殿寝殿での「女楽(おんながく)」における参加者たちの服装について、「私が書きたいのは音楽の調べではなく、この日の参加者の服装についてである」と、近藤富枝は述べている。近藤は、その夜の参加者の服装を、次のように挙げている。
- 女三の宮(21歳): 桜の細長
- 明石の女御(19歳): 紅梅の御衣(おんぞ)
- 紫の上(39歳): 薄蘇芳(うすすおう)の細長。濃紫(こいむらさき)の小袿(こうちぎ)、葡萄染(えびぞめ)の表着(おもてぎ)
- 明石の君(38歳): 柳の織物の細長。萌黄の小袿、羅(うすもの)の裳(も)を着用
以上のことを本書で読んで、私が『源氏物語』を読んだ時には自分はそういう装束にまで気がまわっていなかったことに気が付いた。
本書には、原文は載っていないので、上記のシーンを『源氏物語』の「第四章 第一段」に私があたって見てみると、原典では、次のように書いてあった。(『源氏物語』原文の順)
「明石の御方のは、ことことしからで、紅梅二人、青磁の限りにて、衵(あこめ)濃く薄く、擣目(うちめ)などえならで着せたまへり。」
「宮の御方を覗きたまへれば、人よりけに小さくうつくしげにて、ただ御衣のみある心地す。・・・・・・ 桜の細長に、御髪は左右よりこぼれかかりて、柳の糸のさましたり。」
「紫の上は、葡萄染にやあらむ、色濃き小袿、薄蘇芳の細長に、御髪のたまれるほど、こちたくゆるるかに、大きさなどよきほどに、様体あらまほしく、あたりに匂ひ満ちたる心地して、花といはば桜に喩へても、なほものよりすぐれたるけはひ、ことにものしたまふ。」
「かかる御あたりに、明石はけ圧さるべきを、いとさしもあらず、柳の織物の細長、萌黄にやあらむ、小袿着て、羅の裳のはかなげなる引きかけて、ことさら卑下したれど、けはひ、思ひなしも、心にくくあなづらはしからず。」
近藤富枝のエッセイを読んで、たぶん、今後また『源氏物語』を読むときがあれば、その時には、過去の私にはなかった新しい視点、すなわち、登場人物の装束に対するより深い好奇心が生まれていることと思う。