『女帝 小池百合子』 石井妙子 著
- 著者: 石井妙子 著
- 出版社: 文藝春秋
- 発行日: 2020年5月30日
- 版型: 単行本
- 価格(税込): 単行本: ¥1,650-
膨大な資料と周辺インタビュー
とにかく膨大な資料にあたりつつ、小池百合子を取り巻いてきた人々のインタビューを自分の足で集めて書いた力作という感じを受けた。
巻末には「主要参考文献・資料一覧」があり、それらの資料(史料)を使用した章ごとに挙げてある。この総数を私(書評者)が数えたところ、244冊という数だったが、
これは、「複数の章で参照した参考文献」で24冊が挙げてあり、「資料は初出の章にのみ記載」とあるので、もしも「244マイナス24」という概略計算のやり方でほぼ合っているとするならば、それでも2百冊以上という膨大な数である。
本書は、これらの資料(史料)で人物の全体像を浮かび上がらせたうえで、著者は自らの足で小池百合子周辺の人物にあたり、インタビューすることで、小池百合子の実像に迫ろうとした。
単行本『女帝 小池百合子』は、6月10日現在、アマゾンの書籍ランキングで、あらゆるジャンルの総合ランクで第5位に入っている。税別価格¥1,500円の単行本はアマゾンでも品切れしており、昨日の表示では、6月下旬に入荷予定となっていた。現在、鋭意大増刷中ということなのであろう。
Amazonを今覗いたら、税込み定価¥1,650のところ、プレミアムがついた、定価のほぼ2倍近い¥2,770でアマゾンマーケットプレイスで売られている。どうしても今すぐに読みたい方は、キンドル版での定価の入手をお勧めする。増刷が出来れば、今高騰している単行本の価格は元に戻るであろう。
私は定価でいつでも買える電子書籍Kindle版¥1,500で買おうかと思ったが、こういうベストセラーは単行本を手にしてみたいと思った。ベストセラーの単行本の掌の上での持ち重り感とか、サイズ感とか、装丁の美しさ加減とかは、やはり単行本を実際に手にしてみるほうがよくわかるからである。ところが、京浜東北線の某駅前の書店で訊くと「売り切れ」と言われ、山手線の駅内の書店でも無く、3店目の上野駅エキュート内の大型書店ブックエキスプレスでようやく単行本を入手できた。
ノンフィクション作家 石井妙子
本書著者の石井妙子は、白百合女子大卒で、同大学院修士課程を修了し、5年間にわたる取材をもとに伝説的な「銀座マダム」の生涯を浮き彫りにした『おそめ』を発表して脚光を浴びた。
『おそめ』は、新潮ドキュメント章、講談社ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞の最終候補となったという。石井は、『原節子の真実』では、新潮ドキュメント賞を受賞した。
ちなみに、アマゾンで単行本の『おそめ』を検索してみると、6月現在、¥28,496と、1冊3万円近いプレミアム高値がついている。文庫本の『おそめ』でも¥3,333という高値である。
『女帝』人気が同作家の『おそめ』に波及したのかどうかは、これまでの価格動向を知らないので何とも言えないが、石井妙子は、現在、脂がのった人気ノンフィクション作家であることは間違いないと思われる。
「あとがき」で、著者は、ノンフィクション作家は常に二つの罪を負うと言う。
その二つの罪のひとつは、書くことの罪、もうひとつの罪は、書かぬことの罪だという。
著者は、このふたつの罪のうち、書かぬことの罪をより重く考え、それゆえに著者は本書を執筆したのだとしている。
ようつべで著者のインタビューをみたが、本書を執筆している過程で、いろいろな筋から、「そのような本は書かないほうがいい」というアドバイスや、一種の圧力の類も著者は受けたのだという。その圧力がどういう筋からのものだったかはインタビューでは語っていなかったが、こういう本を書くにあたっては、そういう圧力は間間あるのだろう。
著者の石井氏は言うまでもなく、また、文藝春秋という出版社は、そういう圧力に屈しないところが素晴らしいとも思える。
ちなみに、本書が単行本として出るきっかけは、石井氏が『新潮45』に書いた短い記事に着目した文藝春秋の衣川氏が単行本執筆の依頼を石井氏にしたのが契機だという。
その契機から執筆に3年半の月日が経っている。たまたま都知事選の直前に出版されたが、本書は、イベントに間に合わせるために構造を簡略化した「戦時標準船」のような、やわな本ではない。じっくりと時間をかけて、しっかりとした芯とがっしりした構造で綿密に設計された本である。
「あとがき」で石井妙子氏は、ノンフィクション作品における著者の役割はそう大きなものではないと述べている。「資料との出会い、証言者との出会い、編集者や校閲者、装丁家を初めとする出版人の献身的な尽力によって生み出されるものだからだ」としているが、本書を読めば、私のみならず、多くの方が、石井妙子というノンフィクション作家の力量の大きさを決して少なからず感じる事だろう。
章立てと内容
本書の章立ては、以下の通りである。
序章 平成の華
第一章 「芦屋令嬢」
第二章 カイロ大学への留学
第三章 虚飾の階段
第四章 政界のチアリーダー
第五章 大臣の椅子
第六章 復讐
第七章 イカロスの翼
終章 小池百合子という深淵
あとがき
主要参考文献・資料一覧
序章のはじめに、ボードレール『悪の華』(堀口大學 訳)の次の一文が引かれているが、それが、或る意味、象徴的だ。
「深い深淵から出て来たか、明るい星から生まれたか?
ぞっこん惚れた『宿命』が小犬のように後を追う。
気紛にそなたは歓喜を災害を処かまわず植つけて、
一切を支配はするが、責任は一切持たぬ」
エジプトでの同居女性からの手紙
カイロ大学に小池百合子が留学していた時に、現地で同居の日本人女性がいた。
『文藝春秋』や『新潮45』での石井妙子が小池百合子についての記事を執筆するにあたって、
「小池都知事の自分語りには多分に虚偽が含まれている可能性があり、鵜呑みにはできないという思いを込めた」と石井は言う。
そうすると、或る女性から『文藝春秋』編集部気付で石井宛に「親展」で手紙が届いたのだという。
その手紙は、なんと、カイロ大学に小池百合子が留学していた時に同居していたその日本人女性だったのだ。本書では、その女性の名前を仮名で、「早川玲子」としている。
石井は、すぐに早川さん(仮名)と連絡をとってエジプトのカイロまで会いに行き、当時の手帳、メモ、早川さんがカイロから日本の母親にあてて書き送った航空便の手紙、小池から譲られたタイプライターやヒルトンホテルのナイフやフォークに至るまで、すべてを(証拠として)譲り受けたのだという。
早川さん(仮名)によれば、小池百合子はカイロ大学で主席で卒業どころか、ついていけずに、落第してしまっていたのだという。
こうした疑惑に対して、2020年6月9日、朝日新聞は、「小池知事はカイロ大学を卒業、大使館が声明文公開」と報じた。
朝日の報道によれば、エジプトのカイロ大学は8日、小池百合子東京都知事が1976年10月にカイロ大学文学部社会学科を卒業したことを証明するとの声明を発表したとした。この声明は、小池氏の卒業証書は、カイロ大学の正式な手続きにより発行されたと説明し、日本のジャーナリストがその信頼性に疑問を呈したことについて、カイロ大学及びカイロ大学卒業生への名誉棄損であり、看過することができないと批判したと朝日新聞は報道している。
その一方で、弁護士の郷原信郎氏は、「卒業証明書」の問題は、小池氏が、一度、フジテレビに提示したことがある文書のことであり、それらを、改めて正式に提示すれば何の問題もなく解決する話だとし、これまで「学歴詐称」「偽造卒業証書」の疑惑を、巧みにすり抜けてきた小池氏だが、都知事選挙告示を直前に控えた時期に出された「カイロ大学声明」は、小池氏にとって有利に働くとは思えないと、ヤフーニュース(6月10日追記)で述べている。
また、カイロ大学を1995年に中退したジャーナリスト浅川芳裕氏は、エジプトの「独裁」政権下のマスメディアを統制してきた「ムハンマド・ハーテム氏が小池氏のカイロ大学時代の後ろ盾」だと、「JBpress」(6月12日)のインタビューで述べている。
現状では、一進一退の膠着(こうちゃく)状態といった感じの「カイロ大学卒業証書真偽問題」である。
本書のタイトル、「女帝」というのは本当にすばらしい題名だと思う。このタイトルは、小池百合子のファンもアンチも両方が納得する題名だろうと思える。
本書の内容は、小池百合子のプラス面もマイナス面もどちらも載せているが、もちろんマイナス面の方がはるかに大きく感じる。
しかし、著者の石井妙子氏は、人間としての小池百合子を愛するがゆえに、これだけ重い本書を書きおえることができたのではなかろうかと私には思える。愛憎は二律背反であり、本当にその人間を愛していなければ、真の批判はできないと思うからである。
本書は、女帝 小池百合子のファンもアンチも、同様に読むべき書だと私には思えた。
Kindle版 書籍版