『現代訳 宗久翁秘録』 山口映二郎 編
- 著者: 山口映二郎
- 出版社: 投経通信
- 発行日: 1978年9月25日
- 版型: 単行本
- 価格(税込): 絶版
米国のプロが知る サムライ・トレーダー
日本で「投資の神様」の「元祖」は誰かと訊いたら、おそらく、多くの人が「ウォーレン・バフェット」と答えることだろう。
米国でもおそらくは同じ答えを返す人が多くいるだろう。しかし、ウォール街で訊いたら、「元祖」ということを深く考えて、何人かは"Samurai-trader"、もしくは、"Munehisa"と答えるかもしれない。
江戸時代後期の相場師 本間宗久(1724~1803)のことをアメリカ人のプロトレーダーたちは、"samurai trader"とか、単に"Munehisa"と呼ぶことが多いのだ。日本では、本間宗久は「ホンマ ムネヒサ」というよりも、「ほんま そうきゅう」という呼び方のほうが多い。
とにかく、そのくらいに、米国の投資業界では、”Munehisa Homma”(本間宗久)には一部に熱狂的なファンがいる。そういった現象は、米国では、ビジネスマン向けの書籍として、"THE BOOK OF FIVE RINGS"が大ベストセラーになったことがあるのと似ている。ちなみに、"THE BOOK OF FIVE RINGS"は、わかる方にはすぐにわかっただろうが、宮本武蔵著の『五輪書(ごりんのしょ)』のことである。その英訳 "THE BOOK OF FIVE RINGS"が米国でベストセラーになったことがあるというのは有名な事実だが、その原著である『五輪書』が日本でベストセラーになったというのは、私は聞いたことがない。(吉川英治の小説『宮本武蔵』は別だが。)"samurai trader"こと、本間宗久も、それに似た事象なのかもしれない。
米国のプロトレーダー、たとえそれが一部にせよ、彼らに「ムネヒサ」が知られている理由の一つは、キャンドル・スティック(candle stick)の創始者であるという点だ。
米国では株価や為替や商品相場などの価格チャート(図)には、「バー(bar)」というものが一般に使われている。これを使ったチャートをbar chartという。
これに対して、日本では旧来から「ローソク足(蝋燭足: ろうそくあし)」というものが昔から使われている。「蝋燭足」を直訳して、米国では"candle stick"と英語で呼んでいる。
米国ではこのbar chartが主として昔から用いられてはいるものの、米国のMunehisaファンは、もしくは、米国の単にローソク足ファンたちは、candle stickのほうを愛好して日々使っている。
私(書評者)が、作図したその比較図を以下に挙げる。
"Bar" 石川雅一が作図
蝋燭足("candle stick") 石川雅一が作図
上記の両方の図、バー足とローソク足を見比べてみて、どちらが見やすいか、そして価格の動きが一目瞭然であるかは、これもまた一目瞭然であろう。ローソク足のほうが絶対的に見やすいのだ。
既に述べたように、このローソク足(蝋燭足)を考案したのが、本間宗久と言われているのである。
米国では、「munehisa: ムネヒサ」が、このキャンドル・スティックを使い、市場参加者たちの心理を読みながら、今から3百年ほど前の時代の"rice market"(コメ市場)で勝利を重ねた投資家として知られているのである。
訳文だけでなく、原文も掲載
だいぶ前置きが長くなってしまったが、本書の説明をしたい。
本間宗久やその投資法についての本は多く、なかには、漫画まで出ているほどだが、本書『現代訳 宗久翁秘録』が最もすぐれていると思える点は、訳文だけでなく、原文も掲載されているということである。本書の刊行にあたっては、酒田の本間家の関係者や酒田市役所市史編纂室の協力も得たと序文には記されている。本書著者の山口映二郎氏は、長年、商品相場と株式市場に関わってきた方という。もしそうでなければ、相場の実情に則した現代語訳は困難きわまりなかったか、ほとんど不可能だったのではないかと思われる。
『宗久翁秘録』原典には、157の項目がある。本書の構成はほぼ三部構成で、第一部が『宗久翁秘録』の現代語訳であり、真ん中の第二部に「本間宗久小伝」を挟み、第三部が『宗久翁秘録』の原典の通りの記載となっている。
表記に関しては、たとえば、原典の(四)では、「米段々下げ、上方相場無替事」といった漢文交じりの表記となっている。ここは、次のように現代語訳されている。「当地の相場がしだいに下がり、上方(かみがた)もやはり下げ相場で」といった感じである。
本間宗久は米(コメ)相場の投資家であった。であるから、当時の米相場と現代の商品相場とは、当然のことながら、近似性があるとしても、株式市場や為替相場との近似性や応用性はありうるのだろうか。これには様々な意見があるが、少なくとも、多くの株式トレーダーや為替相場トレーダーが本間宗久の格言を参考にしてきたことは事実である。本間宗久の投資法の解釈から明治時代以降に生まれたとされる、いわゆる「酒田五法」の「三山(さんざん)」、「三川(さんせん)」、「三空(さんくう)」、「三兵(さんぺい)」、「三法(さんぽう)」は、株式トレーダーや為替相場トレーダーなら多くの人が知っているし、アメリカでも「三山」は"triple top"、「三川」は"triple bottom"と訳されて、最も有名なテクニカルの徴候として知られている。
私は本書を読んでいて、原典原文と現代語訳とを見比べながら読みたいほうなので、本書の前半に現代語訳、後半に原典原文という構成にはフラストレーションがたまることが結構あった。
あくまでも書評者の意見にすぎないのだが、157の項目が、それぞれに、「最初に原典原文と次に現代語訳」という感じで、157それぞれの項目が分けて書いてあり、巻末に「本間宗久の伝記」が載っていたならば、最高の構成だったのにと惜しまれる感じがあった。
本書は、本間宗久自身の『秘録』を原典原文も収録した、きわめて貴重な本である。本間宗久のファンはもちろんのこと、投資技法の研究者や、経済史の研究家にとっては、重要な知見が多く含まれていることと思われる。