『ゲオポリティク入門』 倉前盛通 著
- 著者: 倉前盛通
- 出版社: 春秋社
- 発行日: 1982年6月10日
- 版型: 単行本
- 価格(税込): 単行本: 絶版
「地政学」の基本を学ぶのにおすすめの本
最近、また「地政学」の本が多く出版されている。欧米の一流の政治家たちが地政学的観点と知見から国際戦略を練り上げてきたということが言われて久しいが、「地政学(地理政治学): Geopolitics」を学ぶのにオススメの本は何かと訊かれたならば、私なら、亜細亜大学の倉前盛通教授(当時)が書いた本書をおすすめする。なぜならば、「地政学」をタイトルに付けた本がたくさん出ているが、そもそも「地政学」とは何かということを本書のように地政学の歴史的諸理論から詳細に述べた本は少なく、世界史における紛争の歴史などを羅列してお茶をにごすような本さえ中にはあるからである。
ただ、本書の一番の問題点は、現時点(2020年)では絶版になっていて、中古本でしか入手できないということである。
歴史的な「地政学」の諸理論
本書では、歴史的に著名な地政学者とその理論について概観している。それらの諸理論は以下のようなものである。
- アルフレッド・セイヤー・マハンの海上権力論
- ハルフォード・マッキンダーのハートランド論
- ニコラス・J・スパイクマンのリムランド論
- フリードリッヒ・ラッツェルの生存圏論
- ルドルフ・チェレーンの自給自足論
- カール・ハウスホーファーの統合地域論
- ハンス・W・ワイガートの極中心論
- アルフレッド・セイヤー・マハン(1840年~1914年)は、アメリカ海軍少将で、著書『海上権力史論』のなかで「海を制する者は世界を制する」とした。この理論がやがて、アメリカを世界最大の大海軍国としていった。マハンは「いかなる国も、大海軍国と大陸軍国を同時に兼ねることはできない」と述べた。
- マッキンダー(1861年~1947年)は、イギリスの地理学者で、「東欧を制するものはハートランドを制する」という仮説を述べた。ハートランドとは、ユーラシア大陸内部のことである。
- スパイクマン(1893年~1943年)は、アメリカの政治学者で、「国際政治理論は地理学理論なくしては成立しえない」とした。スパイクマンは、「ハートランド」の周囲を「リムランド」と呼び、リムランドの国際政治における重要性を唱えた。
- ラッツェル(1844年~1904年)はドイツの地理学者で、「領土を吸収合併しようとする傾向は国から国へと伝染し増幅される危険性をもつが、地球という小惑星にはひとつの大国しか存立する余地はない」という仮説を唱えた。
- チェレーン(1864年~1922年)はスウェーデンの歴史学者で、「国家は自給自足する必要と権利があり、国家が強力になるためには広域な領土、領域内交通の自由、内部の団結の三つが必要とされる」とした。
- ハウスホーファー(1869年~1946年)は、旧ドイツ帝国陸軍参謀で、ドイツが大国として存続するためには、ソビエト連邦と戦うのではなくて同盟を結ばなければならないと「勢力均衡」を主張した。
- ワイガートは、米国の地理学者で、米国と旧ソ連との対立の中で増す北極の重要性を唱えた。
尖閣列島の戦略的位置
1982年に発刊された本書は、尖閣列島(尖閣諸島)の戦略的位置についても述べている。それは、とても興味深い記述である。
当時、既に尖閣列島付近に漁船団が多数集まって日本を刺激したことがあったが、その時の主目的は、尖閣諸島付近に展開していたソ連のミサイル原子力潜水艦を探知するのが主目的だったというのである。なぜならば、尖閣諸島付近からミサイルを発射すれば、中国全土がその射程内に入るからである。倉前は次のように述べている。
「中国は(1982年頃の)数年前まで日本領と記入していた尖閣列島の地図を突然つくりなおし、中国領と書きなおした。これは、尖閣列島付近に石油が発見された直後のことであるが、それは同時にこの付近がシナ本部を攻撃するためのソ連ミサイル潜水艦の潜伏地として、最も重要な海面であることに気がついたからである」
日本の尖閣諸島が、中国にとっても、旧ソ連と現ロシアにとっても、アメリカ合衆国にとっても、きわめて戦略的要衝の地であるということは、40年前も現在(2020年)も、まったく変わっていないのである。
本書は1982年刊の古い本であるが、殊(こと)に地政学の基本的な諸理論について概観した入門書としては、本書の内容を超えた本はその後40年近く経っても出ていないように、少なくとも私には思える。諸理論はあくまでも仮説ではあるが、世界の政治家が国際政治を見る時に欠かさないという「地理政治学(地政学)」の視点をかえりみるのには、実に興味深い本である。