『英詩概論』 齋藤 勇 著
- 著者: 齋藤 勇
- 言語: 日本語版
- 出版社: 研究者出版
- 発行日: 1935年11月15日
- 版型: 単行本
- 価格(税込): 絶版
日本の英文学の創始者による本
太平洋戦争が始まるより6年前に出された古い本で、かつ、名だたる名著である。
著者の齋藤勇(1887~1982)は東京女子大学学長や東京帝国大学名誉教授、国際基督教大学名誉教授を務めた文学博士で、日本における英文学研究の創始者とされる人である。
専門は英詩であり、本書は、東京帝国大学文学部における講義を整理したものだという。なんと贅沢なことか。
内村鑑三に傾倒し高校の時に教会で洗礼を受けた。キリスト教者としての友愛の精神は、本書からも感じられた。それは、本の冒頭の献辞として、次のような文があったからである。
「 過去及び現在に於ける
私の親しい学生諸君に
懐かしい思出と諸君に対する大いなる期待とを以て
この拙著をささげる 」
また、「緒言」も次のように素晴らしく、引き込まれる。
「文学は、その根本精神として愛を湛え、その表現法としては適切であり又余韻に富む言葉を用いて、人生の種々相を表すものである。
文学の鑑賞は、現実の世界から遊離された想像の世界に於て経験される。
そしてその経験に於て鑑賞者が無限性にあづかることの多少と深浅とによって作品の価値が定まる」
様々な修辞技法
「緒言」より先の目次は次のようになっている。
Ⅰ. 顕勢語と潜勢語
Ⅱ. 用語論
Ⅲ. 具体的表現及び特殊連想
Ⅳ. 現実化からの遊離
Ⅴ. 韻律法
Ⅵ. 詩の分類
Ⅶ. 詩の精髄
「顕勢語」と「潜勢語」については、余韻のない使い方の言葉を「顕勢語」、余韻のある使い方の言葉を「潜勢語」としている。
「潜勢力は我々読者の理解力と想像力との如何によって、予想外の効果をもたらす」と齋藤は記している。
どうやら、「顕勢語」は事実を明確に伝えるが読者の推察が入る余地がない言葉のようである。
そして、潜勢語は読者の推量や疑念や憶測を呼ぶ言葉らしい。
齋藤は、次のように述べている。
「顕勢語と潜勢語との区別は、De Quinceyが文学を二大別して"the literature of knowledge"及び"the literature of power"としたのに似ている」
ただし、「顕勢語と潜勢語との区別は常に明瞭であるとは限らない。・・・ゆえに読者によっては、反対の区別をするかもしれない」としている。
詩の無限性
齋藤は、詩は余韻に富む言葉すなわち潜勢語をもって人生の様々な様相を描き、鑑賞者に人生の深さや広さ、無限性を感じさせるものだと述べている。
日本の英文学の創始者とされる齋藤勇は、95歳の時に、自宅で27歳の孫に襲われて非業の死を遂げた。
人生は不条理と悲しみに満ちている。しかし、齋藤勇の築いた英文学の礎は今も日本の各大学に引き継がれている。
そして、詩が無限性を持つように、齋藤の著述は、本が古くなってもその輝きが失せることはないだろう。