『英語で読む 百人一首』 ピーター・J・マクミラン 英訳
- 著者: ピーター・J・マクミラン 訳
- 言語: 英語と日本語併記版
- 出版社: 文藝春秋
- 発行日: 2017年4月20日
- 版型: Kindle版, 文庫版
- 価格(税込): Kindle版:¥804-, 文庫版: ¥814-
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百人一首の英語翻訳
私はインターネット英会話で、東欧やアフリカ圏の人とよく話すのであるが、そういう時にとても驚かされたことがあった。それは、10人以上のセルビア人の英語講師にHaiku(俳句)を知っているかを尋ねたところ、俳句については、全員が知っていたということだった。もうひとつ、驚かされたのは、それでは、Waka(和歌)やTanka(短歌)は知っているかと訊いたところ、全員が和歌や短歌については聞いたこともないと答えたのだった。
私が驚いたのはその両方であって、つまり、俳句に関しては、英語訳の本がセルビア語にも翻訳されて出版されており、彼らは、松尾芭蕉の名前は知らなくても、古池とカエルの句については聞いたことがあると言ったが、その一方で、俳句の先祖とも言える和歌については、まったくと言ってよいほど東欧圏のセルビアには伝わっていない様子がうかがえたということである。
しかし、活発な俳句の英訳運動や俳句を英語でつくる庶民自身の活動が諸外国で起こっている事実に続いて、和歌も英語翻訳の動きが広がりつつあるようだ。本書の百人一首英訳者のピーター・J・マクミランも、和歌の英訳活動を精力的に行っている研究者である。
ピーター・J・マクミランは、アイルランドの田園地帯の生まれで、アイルランド国立大学の哲学博士課程を経て、アメリカのプリンストン大学、コロンビア大学、イギリスのオックスフォード大学の研究員となった。その後来日して杏林大学の客員教授となり、和歌の英訳などの講義としているという。
マクミランは、生まれ育った故郷アイルランドを20歳の時にあとにして、それからは何度かの短い休暇で束の間帰ったほかは、アイルランドに再び居を構えることはなかったという。そういうマクミランは、百人一首で七番目の、阿倍仲麻呂の歌をみるたびに、故郷を遠く離れるという経験が胸ににじむという。
マクミランの英訳
本書の「あとがき」で、自らの望郷の念を遣唐使として唐に渡って唐で客死した阿倍仲麻呂(699年~770年)の思いに重ねて述べたマクミランは、阿倍仲麻呂の歌を次のように英訳している。
” 天(あま)の原ふりさけ見れば春日(かすが)なる
三笠(みかさ)の山に出(い)でし月かも
I gaze up at the sky and wonder
is that the same moon
that shone over Mount Mikasa
at Kasuga
all those years ago? ”
本書の「あとがき」は、「あとがき」とするにはきわめて長く、「解説」として章立てしたほうがよいのではないかと私は思ったくらいに長いのであるが、マクミランはここを英語で記して、それを日本人(小山太一)が和訳して日本語の「あとがき」としている。
その「あとがき」には、日本の̪詩を英訳することの難しさと訳者のこだわりが次のように書いてある。
「日本の詩は脚韻を踏むことを避け、アクセント(強勢)の配置によるミーター(歩格)ではなく音の数によるリズム(音律)に依拠している。それゆえ、日本の古典詩を英訳するにあたっては、フリー・ヴァース(自由詩)の形が一番しっくりする。・・・・・・原典が持っている形式の感覚を伝えるため、私は一首を五行で訳した。」
マクミランによって縦書き二行の日本語の和歌から、横書き五行の英語へと変換されたWakaは、とても美しい情景を眼前に描いてくれる。
それは、単なる「英訳」とか「翻訳」とかいう言葉を超えて、いにしえの歌人の魂との一種の共同作業だったのではなかろうか と、少なくとも私には思えたのだった。
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『西行の世界をたどる』Kindle版