サイエンス 旅行記

バッタの大群に挑む研究者の旅行記

2020年3月29日

『バッタを倒しにアフリカへ』

  • 著者: 前野 ウルド 浩太郎
  • 出版社: 光文社
  • 発行日: 2017年5月20日
  • 版型: Kindle版・新書版
  • 価格(税込): Kindle版:1,012円、新書版:1,012円

 

昆虫愛と奇天烈な闘志

本書の表紙を飾る著者自身の全身緑色の服装、緑に塗った顔と頭に生えた触覚を見て、一瞬、仮面ライダー1号が思い出された。

仮面ライダー1号は事実、バッタをモチーフにデザインされ、緑色の胸と顔、複眼の大きな眼と触覚を持っていた。

「バッタを倒しにアフリカへ」という書名とその写真から、『ガンジス河でバタフライ』(たかのてるこ, 2013, 幻冬舎)のノリかと思った。確かにノリはその通りかもしれないが、本書は真面目なバッタ研究者(農学博士)による挑戦と冒険の記録である。

著者は、通称「バッタ博士」、神戸大学大学院博士課程修了の昆虫学者で、国際農林水産業研究センター研究員だ。小学生の時に『ファーブル昆虫記』に感銘を受け、将来は昆虫学者になろうと心に誓ったという著者は、虫を愛し虫に愛される昆虫学者になりたかったという。

前野浩太郎のミドルネームの「ウルド」は、モーリタニアの国立サバクトビバッタ研究所の所長から授かったという。「ウルド(Ould)」とは、「〇〇の子孫」という意味で、モーリタニアでは最高に敬意を払われるミドルネームなのだという。

 

世界を震撼させてきたバッタ虫害の歴史

本書は主に旅行記なので、バッタ虫害の歴史は載ってはいないが、アフリカ・中近東・中国は太古の昔からバッタの大群に襲われてきた。

2020年は新型コロナウイルスの報道ばかりに隠れていたが、バッタの大量発生によるアフリカの食糧危機も何度も報じられた。

「バッタ大量発生、農作物の被害拡大 アフリカ東部から南西アジアへ波及」(2020/3/3 日経)

「パキスタンでバッタ大量発生 過去30年で最悪の作物被害」(2020/3/9 時事)

「10万羽アヒル軍でバッタ退治、中国発ニュースはデマなのか」(2020/3/14 毎日)

「新型肺炎で泣き面の中国を今度はバッタが襲う」(2020/3/24 Newsweek)

時事通信の記事によると、アラビア半島を昨年(2019年)襲った豪雨とサイクロンが前例のないバッタの繁殖を促したと国連は指摘しているという。

バッタが農作物を食べつくすが、当局が使用する殺虫剤は人間にとっても危険なため、バッタを駆除しても残った農作物も廃棄しなければならないと記事(時事)は書いている。

世界史を見ると、バッタの大群発生は庶民の暮らしはもちろんのこと、諸国の政治体制さえも何度も揺るがしてきた。

古代エジプトで奴隷状態にあったユダヤ人を救出するために神がエジプトに対して十種類の災禍をもたらしたと『出エジプト記』に記されているが、その十の災禍のひとつがバッタを放つということだった。

また中国ではバッタの大群は「蝗害」と呼ばれ、紀元前十数世紀の殷の時代から甲骨文字に蝗害の記録がみられるという。虫偏に皇帝の皇と書く「蝗」という字の由来も、農作被害による飢饉から国を亡ぼすバッタの虫害は、皇帝が何よりも先に取り組まなければならなかった国難であったことから名づけられ作られた漢字だという説が有力である。すなわち、バッタの害の拡大は皇帝自身の不徳の致すところだと民は認識していたらしいのである。今年(2020年)も夏に向けてバッタの大群がパキスタンから中国に侵攻すると危惧されている。

 

地雷原とサソリの毒針を越えて

脱線してしまったので、本書の紹介に戻る。

著者は2011年にパリ経由で西アフリカのモーリタニアへと向かった。イスラム共和国で禁酒のため、著者は日本から持って行ったたくさんの缶ビールを税関で没収された。

アフリカ大陸北部は広大なサハラ砂漠が占めており、モーリタニアもその一部だ。国立サバクトビバッタ研究所では、日本から来たバッタ博士(著者)は大歓迎を受けた。(ビールやアルコール類は無く、ミネラルウォーターとコカコーラだけだが。)

バッタ研究所には大量のドラム缶入り殺虫剤の倉庫があった。写真に映った銀色のドラム缶を数えると208個も並んでいる。

バッタがときに大群をなして群飛することを「飛蝗」と書くが、それはまるで茶色い雲のように地平線のかなたまで空を覆う。その様子が本書には著者が撮った写真で載っている。イナゴの佃煮を愛する県民もいる日本では考えられないような魔の光景だ。

行く先にはかつて戦場だったところもあり、地雷がいまだに埋まっていると言われる。砂漠にはサソリもいる。実際、著者は夜の砂漠で跪いた瞬間に右膝をサソリに刺されてしまう。

サソリの毒にも負けなかった著者は空を覆うバッタの大群を前にして緑色の全身スーツに着替え、飛蝗の前に立ちはだかる。

本書は、昆虫愛にあふれた若き研究者の冒険談である。昆虫好きな人、冒険好きな人にとっては愛好の書になると思われる。

 

新書版         Kindle版 

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「児童書版」も2020年5月に刊行 

 

 

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石川 雅一

石川 雅一

 東証ペンクラブ 会員。学校法人評議員。 元日本放送協会で国際報道に従事。アフガニスタン内戦、カシミール内戦、パンチャヤト大暴動( ネパール)、湾岸戦争、アメリカ航空宇宙局(NASA)、国連安全保障理事会、ニューヨーク市警、米国核廃棄物、ロスアラモス国立研究所、米国海軍、米加漁業紛争、京都の歴史文化伝統産業などを取材。国際機関アジア太平洋放送開発機構講師(JICA専門家)としてクアラルンプールでアジア各国の放送局のジャーナリストを育成指導。金融市場分析のテクニカルアナリストとして日本の全産業三千数百社の上場企業のテクニカル分析をダイヤモンド社で三季にわたって完遂。  早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程中途退学。早稲田大学大学院商学研究科専門職学位課程修士(研究科長賞受賞)。MBA( Le Cordon Bleu; Global Service Business, WBS)。Certified Financial Technician(CFTe Ⅱ)。 一級小型船舶操縦士、剣道初段、趣味は能楽。

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