『こうすれば必ず人は動く』 デール・カーネギー 著, 田中孝顕 訳
- 著者: D・カーネギー 著, 田中孝顕 訳
- 出版社: きこ書房
- 発行日: 2015年7月21日
- 版型: キンドル版・ペーパーバック
- 価格(税込): Kindle版:¥770, ペーパーバック: ¥770.
カーネギーの著書
先日、本書をKindle版で購読した。本書を読んでいるうちに、私が大きな勘違いをしていたことに気が付いた。どういうことかというと、私は著者のカーネギーが、てっきり鉄鋼王のアンドリュー・カーネギー (Andrew Carnegie 1835~1919) だと思い込んでいたのである。
実際には、本書の著者は、鉄鋼王アンドリュー・カーネギー とはまったく関係のないアメリカの作家デール・カーネギー(Dale Carnegie 1888~1955)だった。おそらくは、こういう勘違いをしているのは私のみならず結構多いのかもしれない? さらに勘違いしやすい要素もある。本書の著者デール・カーネギーは、カーネギー研究所を立ち上げた。これがまた、間違えやすい。デール・カーネギーが設立したデール・カーネギー研究所(Dale Carnegie Institute)は、鉄鋼王アンドリュー・カーネギー (Andrew Carnegie) が設立したカーネギー研究所(Carnegie Institution for Science)とは異なるのである。Carnegie Institution for Scienceのホームページによれば、鉄鋼王が設立したカーネギー研究所は、発生学・天文学・地球地質学など自然科学の研究所であるが、”Dale Carnegie”のホームページによれば(現在はInstituteという文字も見当たらなかった)、リーダーシップや人間関係についての研究指導組織である。
”New World Encyclopedia”によれば、Dale Breckenridge Carnegie(1888~1955)はアメリカの著作者であり、self-improvement(自己啓発)とsalesmanship(販売術)、public speaking(演説法)、そしてinterpersonal skills(対人能力)の指導コースの開発者である。ミズーリ州の或る農場で生まれ、セントラル・ミズーリ州立カレッジに通い、セールスマンの仕事をし、やがてパブリック・スピーキングとセルフ・インプルーブメントの指導コースのコンセプトを発案した。1936年に”How to Win Friends and Influence People”が上梓されると、たちまち大ベストセラーになったが、その人気は85年ほど経った今でも継続しているという。もう「古典」と言っても過言ではないだろう。
ラジオ講座のシナリオだった「幻の書」
”How to Win Friends and Influence People”(邦訳タイトル『人を動かす』)が85年ほど前のロングセラーだと述べたが、本書『こうすれば必ず人は動く』は「訳者まえがき」によれば、「世界のどこでも出版されなかった幻の書」なのだという。というのも、本書は、デール・カーネギーがラジオ講座のためのシナリオとして書き、ラジオ講座終了後に改訂増補を加えながらも引き出しの奥深くにしまい込まれていた原稿だったからだという。
本書の章立ては以下のようになっている。
- 人を非難する前にしておくべき心の手続き
- あたり前のことをあたり前にして成功する方法
- 誰もあなたには関心がない
- 愚かなことで人を動かせば、破滅しかない
- 年齢は不可価値である──とればとるほど価値は増す
- 空しい勝利には挑むな──議論に勝ってすべてを失うこともある
- 小が大に勝つ──敵対者を味方につける効果的な方法
- ホワイトハウス・ギャングの教え──相手の波長に合わせて相手を支配する
- 友、遠方よりわざわざ来たる──ちょっとした方法が強力な磁石となって奇跡を生む
- 成功に占める「知識」の割合は15%に過ぎない
- 相手の損害を教えて、相手からお払い箱となる法
- 人に自信と勇気を与えて奇跡を起こす、まず失敗のない方法
- 過酷な状況でも人は必ず立ち直る
- 事業を飛躍的に伸ばす魔法のようなノウハウ
- 難しい環境下で、人にあなたの望むことをさせる方法
- 凶悪な人間の心をも動かす驚くべき力
- 人生におけるあらゆる目標を達成できる方法
- 他人に言いにくいことを言いやすく転化する方法
- 自らの意思に反して納得させられた人の意見は全く変わらない
- 50万人の名前を記憶した男を直撃する
- 協力とエンスージアズム(熱意)を勝ち取る方法
- 人はなぜ好かれ、なぜ嫌われ、なぜ蔑まれるのか
- 人扱いで悩む人への福音──無理難題はこうして乗り越える
刑務所長ルイス・ローズとの会話
デール・カーネギーは、シンシン刑務所のルイス・ローズ所長と面談した時のことを本書に書いている(第16章)。
ローズ所長はカーネギーに次のように述べた。
「刑務所の電気イスで処刑された多くの男たちも、もしハイスクールで何の役にも立たないようなことをあれこれ詰め込まれずに、電気技師とか薬剤師にでもなるような実学を学んでいれば、善良な市民になれたかもしれない」
カーネギーは、全米で刑務所の名所長として知られていたルイス・ローズ所長がどのようにシンシン刑務所を管理していたのかに興味があった。ローズ所長がカーネギーに述べたのは、まず第一に、罰ではなくて報奨ということに最大の力点を置いた管理方法をとっているということだった。シンシン刑務所では、囚人たちが何かまずいことをしてその結果におびえるようなことはほとんどなく、逆に、よい行為をすればどのような特典が与えられるかということに関しては常に周知が行われており、どのような些細な改善に対しても励ましの言葉がかけられるようになっているということだった。
私(書評者)は、このくだりを読んで、以前私が読んだ、山田恵諦(やまだ えたい) 天台座主(てんだいざす) の法話聞書『生きる 生かされる』における、山田恵諦座主の司法修習生への法話の一節を思い出した。山田座主は、犯罪者を「裁(さば)く」ということについて、次のように司法修習生たちに語っていた。
「褒めようという姿勢が、裁判所にあるかないかということなんですね。今までは、どのようになしてこられたかは存じあげませんけれど、私はそれが一つの道だと思います。本人に反省させる手だてを講じてやれると、お説教すること以上に働くと思います」
全米で刑務所の名所長として知られていたルイス・ローズ所長の犯罪者たちに対する接し方の考え方と、山田恵諦天台座主の犯罪者たちに対する接し方の考えがほとんど一致しているということに、私は驚かされた。
「罪を憎んで人を憎まず」という古い諺(ことわざ)は、『孔叢子』刑論にある孔子の言葉「悪其意、不悪其人」から来ているとされるが、これは一面で不滅の真理を含んでいるようにも思える。
ローズ所長が現代教育における社会的落ちこぼれを生み出してしまう欠陥を指摘していたが、教育者や文部科学省の役人や政治家たちは、こうしたことどもに真摯に注視勘案すべきだと思う。
本書は、もともとラジオ講座のためのシナリオ台本だっただけに、1章あたりの文章のテーマが簡潔に絞り込まれていて読みやすい。だがしかし、単なるノウハウ本の範疇を超えて、人間の心理についての深い教訓を含んでいるように思われた。