『米中 もし戦わば 戦争の地政学』 ピーター・ナヴァロ 著, 赤根洋子 訳
- 著者: ピーター・ナヴァロ 著, 赤根洋子 訳
- 出版社: 文藝春秋
- 発行日: 2019年4月20日
- 版型: キンドル版・単行本・文庫
- 価格(税込): Kindle版:¥1,019、単行本:¥2,134、 文庫: ¥1,067。
虎視眈々と狙う中国
本書は、アメリカ大統領補佐官のピーター・ナヴァロが書いた本である。ナヴァロの専門は経済学であるが、「中国による不公正な貿易」で中国が得た利益と経済力で中国の軍事力を増強して、増強した海軍力で南シナ海や東シナ海で軍事行動を起こしていることに着目し、米中戦争のあらゆる可能性について考察するようになったのだという。
『米中もし戦わば』の原書英名は、"CROUCHING TIGER"(「かがむ虎」)で、副題は、"WHAT CHINA'S MILITARISM MEANS FOR THE WORLD"(「中国の軍国主義は世界にとって何を意味するか」)である。
虎は獲物を狙う時は、目立たぬようにその身をかがめて潜む。"crouching"とは、まさにそのことを示している。中国はよく龍に喩えられるが、ここでは虎に仮託されている。
その虎が狙ってきた獲物は、いろいろある。チベットは既に虎に咽喉を噛まれた。ベトナムの西沙諸島も押さえた。南沙諸島も咥え込んだ。
今、次に狙っている獲物は、インドと中国の国境地帯のヒマラヤ山脈の係争地域であり、台湾であり、そして日本の尖閣諸島である。
本書は、急速に軍事力を拡大してきた中国が、米国海軍を南シナ海から追い出すことを目標にしており、中国のその目標は、航行の自由を根底にして自由貿易で生きてきたアメリカ合衆国と軍事力で対決せざるを得なくなる可能性が強いとして、米中戦争の勃発やそのあり得る展開のシナリオについて考察している。
よく練られた構成
本書の構成は実によく練られていると感じた。本書の章立ては、次のようになっている。
第一部 中国は何を狙っているか?
- 米中戦争が起きる確率
- 屈辱の100年間
- なぜマラッカ海峡にこだわるのか?
- 禁輸措置大国アメリカ
- 中国共産党の武力侵略
第二部 どれだけの軍事力を持っているのか?
- 軍事費の真実
- 第一列島線と第二列島線
- 空母キラーの衝撃
- 地下の万里の長城
- マッハ10の新型ミサイル
- 機雷による海上封鎖
- 深海に潜む核兵器
- ヨーロッパの最新軍事技術を手に入れる
- 小型艦が空母戦闘群を襲う
- 第五世代戦闘機の実力
- 宇宙戦争
- サイバー戦争
- 国際世論の操作
- 非対称兵器が勝負を分ける
第三部 引き金となるのはどこか?
- 台湾という不沈空母
- 問題児・北朝鮮
- 尖閣諸島の危機
- ベトナムの西沙諸島
- 南シナ海の九段線
- 排他的経済水域の領海化
- 水不足のインド
- 火の付いたナショナリズム
- 地方官僚の暴走
- 中露軍事同盟の成立
第四部 戦場では何が起きるのか?
- 質の米軍 vs. 量の中国軍
- 米軍基地は機能するのか?
- 中国本土への攻撃
- 海上封鎖の実行
- どんな勝利が待っているのか?
第五部 交渉の余地はあるのか?
- 米軍はアジアから撤退すべきか?
- 中国の経済成長は何をもたらすのか?
- 貿易の拡大で戦争は防げるのか?
- 核抑止力は本当に働くのか?
- 中国との対話は可能か?
- 大取引で平和は訪れるのか?
第六部 力による平和への道
- 「戦わずして勝つ」唯一の方法
- 経済力による平和
- 軍事力による平和
- 同盟国を守り抜く
- 中国の脅威を直視する
中国の苛烈な武力侵略
本書は、「中国の武力侵略は、1950年、世界史上最大の帝国主義的併合と言うべきチベット及び新疆の征服をもって始まった。」としている。
チベットと新疆ウイグル自治区を合わせた面積は260万平方キロメートルで、中国の国土の30%を占めているという。
1962年、中国はインドに侵攻した。中国にとっては、このインド侵攻は、その12年前のチベット及び新疆占領の延長だったという。最初のインドとの国境紛争の商店は、中国が占領したカシミール地方のアクサイチンだった。そして、二度目の国境紛争の焦点は、インドが実効支配するアルナーチャル・プラデーシュ州だった。
本日(2020年6月17日)、「中印国境で衝突、インド兵士20人死亡」(CNN)というニュースが入ってきた。昨日は、中国とインド両軍の将兵の殴り合いでインド将兵2人が死亡したというニュースだったが、死亡者数は一気に拡大した。
再び急速に悪化してきた中印国境紛争から目が離せなくなってきたが、このような事態は、台湾や尖閣諸島でも起こりうることである。実際、尖閣諸島周辺では、中国海警当局の巡視船が日本漁船を日本国の領海内で追い回す事態が先日起きたばかりである。
米露軍縮条約の一方で軍拡した中国
米国とロシアは、「中距離核戦力全廃条約」によって、それぞれの中距離ミサイル、戦域ミサイルを全廃してきた。その一方で、条約に縛られない中国は中距離ミサイルを大増産してきた。
去年(2019年)8月に、アメリカのトランプ大統領がホワイトハウスで、中距離核戦力(INF)廃棄条約が8月2日に失効したことを受けて、中距離ミサイルの開発に力を注ぐことを表明した裏には、この中国による中距離ミサイルの大量生産という事実があった。中距離弾道ミサイルの射程は、通常、3,000-5,500km程度とされる。中国は、この中距離弾道ミサイルの標的として、台湾や沖縄や横須賀を既に射程内に定めている。
中国は2014年に極超音速滑空ミサイルの試験に成功したとされる。そのミサイルの速度はマッハ10(時速1万2千キロ)であった。
トランプ大統領は、先日(2020年5月15日)、ホワイトハウスで米国が開発した新型ミサイルについて言及し、「我々は誰もがこれまで目にしたことがない水準にある信じられないよう軍装備品をつくっている。現在のミサイルに比べ17倍速いと聞いた」と述べた。「現在のミサイルに比べ17倍速い」というのが、マッハでどのくらいの速度なのかは言わなかったが、この発言は、中国やロシアが既に開発に成功している極超音速滑空ミサイルへの対抗を示唆していることは間違いない。
中国とのふたつの戦争形態
アメリカと中国との間で、通常兵器による戦争がいざ勃発した場合には、アメリカの戦い方としては以下の2通りの戦争形態があるという。
- エアシーバトル
- オフショアコントロール(もしくは、ウォーアットシー)
たとえば、中国がアメリカ海軍の航空母艦、もしくは、沖縄の米軍基地などに、中国本土から中距離ミサイルなどによって攻撃を行った場合に、米国は、中国に対してどのように報復すべきかという議論である。
エアシーバトルは、中国本土のミサイル基地などに報復攻撃を行うべきであるとする論であり、オフショアコントロール、別名ウォーアットシーでは、海上における中国海軍の軍艦や航空機に対して攻撃を行うものの、中国本土内の基地攻撃はするべきではないという論である。
中国本土の基地を叩くべしというエアシーバトルは、一歩間違うと、核戦争への引き金を中国が引きかねないというおそれから、オフショアコントロール(もしくはウォーアットシー)という控えめな考え方が出て来たのだという。
先端技術を盗んではコピーする中国
2007年、中国のサイバー軍団はアメリカ国防総省に不正アクセスして新型戦闘機に関する機密情報の多くを抜き取った。またF-35戦闘機の製造に協力していたイギリス最大の防衛企業BAEにも不正アクセス侵入して、第5世代戦闘機の設計や電機システムや性能についての重大データを盗み出すことに成功したのだという。このようにハッキングや中国人留学生による機密情報抜き取りなどあらゆるスパイ技術を動員して研究開発にアメリカが何兆ドルという巨費を投じてきた極秘情報や知的財産を盗んでは、それらの先端技術をコピーして中国の軍事技術を革新することに成功してきた。おかげで中国は莫大な費用をさほどかけずに、最新の知的財産をわが物に出来てきたのだ。こうした先端技術抜き取りの対象はアメリカのみならず、ロシアや日本もターゲットになってきた。
本書は、驚くべき内容にあふれている。
そして、米中戦争がいつ始まってもおかしくないくらいに緊張が高まってきていることが如実にわかる。
本書が出版されたのは去年(2019年)の4月で、コロナウイルスが世界に蔓延する前のことであるが、中国武漢で発生した新型コロナウイルスが世界に蔓延して世界経済が悲惨なダメージを受けた後は、中国とアメリカの間の緊張はさらに高まっている。
本書は、今最も読むべき本のひとつであることは間違いないだろう。
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