『易(えき)』 本田 濟 著
- 著者: 本田 濟(ほんだ わたる)
- 出版社: 朝日新聞出版
- 発行日: 1997年2月25日
- 版型: 単行本(朝日選書)
- 価格(税込): 単行本: ¥2,563-
中国古代王朝では易の占いで政策を決定
史書に記されてはいるものの考古学的に確認されていない中国最古の王朝である夏(か)は別として、考古学的に実在が確認されている中国最古の王朝とされている殷(いん、又は, 「商(しょう)」; 紀元前17世紀~紀元前11世紀)の王朝では、国家政策を決めるのに主に占いが使われていたとされている。この殷の時代から積み重ねられた占いの実績がまとめられ編纂されて紀元前11世紀~紀元前3世紀の周王朝時代に文献になったものが、『易(えき)』または『易経』である。周王朝時代に成立したとされるので、本書は『周易』とも言われる。
本サイトで以前、黄小蛾著の『易入門』を実に60年間も続くロングセラーとして紹介したが、黄小蛾著の『易入門』は、占い師であった黄小蛾が、『易』占いを一般向けに分かりやすく説明し、10円玉6枚で誰でも占いができるようにした本であった。
本書『易』は、『易経』原典の詳細なアカデミックな解説書である。本書の著者は、京都大学中国哲学科卒で大阪市立大学名誉教授だった本田 濟(ほんだ わたる: 1920年~2009年)である。
『易経』は、本文部分と解説部分とから成っている。本文の部分を「経」と呼び、解説の部分を「伝」と呼ぶ。
「経」の部分を構成するのは、64個の象徴的な符号である「卦(か)」が中心となっている。「卦」は一般には「け」とも呼ばれる。世に言う「当たるも八卦、当たらぬも八卦」ということわざの「卦」である。
「卦」は六本の棒から成っている。棒には2種類あって、直線の「陽」と、真ん中が欠けた「陰」である。
占いかたの記述
著者の本田 濟(ほんだ わたる)は、『易』が占いの書物である以上、読者にも一応の占い方を知ってもらいたいと述べ、次の3つの占い方について説明している。
- 正式の筮法(ぜいほう)
- 略式の筮法(略法)
- 擲銭法(てきせんほう)
正式の筮法と略法もここで述べるにはあまりにも複雑なため省く。
注目すべきは3の擲銭法で、「擲(てき)」とは「擲弾(てきだん)」の「擲」のことで、投げるという意味である。つまり、金銭を投げて占う仕組みなのである。
・・・ということは、コインを投げて占う方式は、以前紹介した10円玉6枚で誰でも占いができる黄小蛾著の『易入門』よりも遥か以前から、金銭を投げてその表裏で占う方式が流布していたということである。本書によれば、13世紀~14世紀の元代の戯曲のなかで、銭を投げて占うやり方が書かれているのだという。
ただし、コインの数と投げ方は、黄小蛾とはやや異なる。黄小蛾は「コイン6枚を振って、下から順番に並べる」としていたが、13世紀頃のやり方だと、3枚の貨幣を投げて、2枚表で1枚裏ならば「少陽」、2枚裏で1枚表ならば「少陰」、3枚とも裏ならば「老陽」、3枚とも表ならば「老陰」として、これを6回繰り返して全部の卦が得られるとしている。
2枚表で「少陽」、2枚裏で「少陰」というのはよくわかるが、3枚とも裏で「老陽」というのはどういうことだろう。3枚とも表で「老陰」とはどういうことだろう。陽きわまれば陰に転ずるということなのだろうか? 陰きわまれば陽に転ずるということなのだろうか?
いずれにせよ、卦は、下から順番に置いていくのが本則であろうと著者は述べている。
64種類の「卦」
『易』の本文である「経」の部分を構成するのは、64の象徴的な符号である「卦(か)」であるということを前述した。
以前紹介した黄小蛾著の『易入門』では、「火山旅(かざんりょ)」という卦について述べたので、本書でも比較してみられるように同じ卦を見ることとする。黄小蛾は「火山旅」という卦の呼び方を使っていたが、本書『易経』では、単に「旅(りょ)」である。
本書には次のように書いてある。
- 「豊を上下反対にした形」
- 「この卦は下卦が山、上卦が火、山焼きをしている形」
- 「火は、次から次にと燃え移って一刻も止まらない。旅人が心せわしく旅途を急ぐさまに似ている。故に旅という」
- 「そもそも旅に出るということは、常の場所を離れて不安な行動であり、その動機は、多くの場合、国内で用いられないとか、罪を逃れるとかいう失意のことにかかっている」
- 「旅の正しい道を固く守っていれば、寄るべのない旅のなかに幸運を得られるであろう」
ざっと端折って言うと、以上のようなことが書いてある。
黄小蛾が「火山旅(かざんりょ)」と呼んだ理由もわかった。「下卦が山、上卦が火、山焼きをしている形」なので、「火山」として、本来の「旅」に付けたのだ。
本書はきわめて興味深く面白い。紀元前の中国古代王朝は、このような『易』占いを使って国家政策を定めていたのだということに、好奇心をそそられる。
かなり難しい本なので、単に占いに興味があるという人すべてには勧めはしないが、黄小蛾著の『易入門』のような簡単な本を一通りマスターした後で、もっと深く詳細に知りたいというような方ならば、本書を勧められる。
単行本