『武士道』 新渡戸稲造 著, 矢内原忠雄 訳
- 著者: 新渡戸稲造 著, 矢内原忠雄 訳
- 出版社: 岩波書店
- 発行日: 1938年10月15日
- 版型: Kindle版, 文庫
- 価格(税込): Kindle版: ¥616-, 文庫: ¥726-
英語で書かれた『武士道』
本書は、5000円札の肖像で有名な新渡戸稲造(1862年~1933年)が、外国人向けに「武士道」とは何かを英語で執筆した本である。
新渡戸稲造は、盛岡藩藩士の息子として生まれた。東京女子大学の初代学長で、国際連盟の事務次長も務めた。
本書の「訳者序」によると、1899年(明治32年)、病気療養のためアメリカ滞在中、新渡戸稲造が38歳の時に本書を執筆して同年にアメリカで出版し、翌年に日本で出版したという。
英語で『武士道』を書いた動機
新渡戸稲造が、外国人向けに、英語で『武士道』を書こうと思い立ったきっかけとなったことが、新渡戸本人による「第一版序」に次のように書いてある。
「それは次のような外国人から投げかけられた質問であった。
約十年前、私はベルギーの法学大家故ド・ラヴレー氏の歓待を受けそのもとで数日を過ごしたが、或る日の散歩の際、私どもの話題が宗教の問題に向いた。
「あなたのお国の学校には宗教教育はない、とおっしゃるのですか」
と、この尊敬すべき教授が質問した。
「ありません」
と私が答えるや否や、彼は打ち驚いて突然歩を停め、
「宗教なし! どうして道徳教育を授けるのですか」
と、繰り返し言ったその声を私は容易に忘れえない。当時この質問は私をまごつかせた。私はこれに即答できなかった。というのは、私が少年時代に学んだ道徳の教えは学校で教えられたのではなかったから。私は、私の正邪善悪の観念を形成している各種の要素の分析を始めてから、これらの観念を私の鼻腔に吹きこんだものは武士道であることをようやく見いだしたのである」
武士道と宗教との関係性
新渡戸は、仏教と神道が武士道に与えたものを次のように挙げている。
<仏教が武士道に与えたもの>
- 運命に託すという平静の感覚
- 不可避に対する静かな服従
- 危険災禍に直面してのストイックな沈着
- 生を賤しみ死を親しむ心
<神道が武士道に与えたもの>
- 主君に対する忠誠
- 祖先に対する尊敬
- 親に対する孝行
武士道の心の諸要素
武士道の心的要素としては、次の要素があると新渡戸は述べている。
- 義または正義
- 勇気
- 仁
- 礼儀
- 正直と誠実
- 名誉
- 忠義
- 克己
- 刀剣を武士の魂とする思い入れ
武士道の将来への懸念と希望
新渡戸は、欧米文化に染まりつつある日本での武士道の将来に懸念を持ち、次のように記している。
「我が国において駸々(しんしん)として進みつつある西洋文明は、すでに古来の訓練のあらゆる痕跡を拭い去ったであろうか」
しかし、新渡戸は近代化が進む日本における武士道への希望を次のように述べている。
「武士道は一の独立せる倫理の掟(おきて)としては消ゆるかも知れない、しかしその力は地上より滅びないであろう。その武勇および文徳の教訓は体系としては毀(こわ)れるかも知れない。しかしその光明その栄光は、これらの廃址を越えて長く活くるであろう」
武士道の「山」
本書とは別に、新渡戸稲造は、『武士道の山』という随筆を書いている。
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その「山」では、おおむね5つの高さで武士が分かれるという。
これはヒエラルキーでもあるが、面白いことには、新渡戸はこの5つの階級を彼らの心的態度で表現している。
その5つの階級の心的態度を要約すると、低いところから高いところまで、すなわち1から5まで以下のように表現されている。
- 獣力に誇り、軽微なる憤怒にもこれを試みんと欲する粗野漢、匹夫の徒。平時には社会の乱子。
- 傲岸尊大にして、子分に対しての親分たるを好む。平時には最も厭うべき俗吏。
- 上級者に対しては窮屈に、下級者に対しては威張る。政府の事務をつかさどる公吏。
- 常に威厳を保ち、眼光は透徹。しかしその眼の鮮光は、彼らの汝を去ると共に消ゆ。
- 彼らは貴賤、大小、賢愚と等しく交わり、愛情はその目より輝き、その唇に震う。論破せずして信服せしむ。
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日本は敗戦後、武士道は軍国主義の基礎となったとしてGHQから弾圧を受け、剣道も一時禁止されていた時期があった。
戦後、日本人の道徳観は戦前とは大きく変わってしまった。ほとんど無宗教なので宗教が道徳を教えることもなく、学校でも道徳を教えることもなく、家庭でも道徳を教えることもない。
新渡戸稲造が懸念した、西洋化の進展による武士道道徳の退勢は、戦後体制で加速されてしまったと言えるのだろうか。
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