『ブランド・エクイティ戦略』 D・A・アーカー 著, 陶山計介・中田善啓・尾崎久仁博・小林 哲 訳
- 著者: D・A・アーカー 著, 陶山計介・中田善啓・尾崎久仁博・小林 哲 訳
- 言語: 日本語版
- 出版社: ダイヤモンド社
- 発行日: 1994年1月20日
- 版型: 単行本
- 価格(税込): 単行本:4,180円
ブランド・エクイティとは何か
ブランド学、ブランド論の世界的大家は誰ですか?と訊かれて、私が最初に思い出すのは、アーカー(Aaker)とケラー(Keller)のふたりである。他にもいることはいるが、少なくともこの二大巨人を避けて通ることは出来ない。
アーカーは、ブランド・エクイティとは何かを解明するのが本書の目的だとしている。
本書の日本語訳では、ブランド・エクイティについて次のように訳してある。
「ブランド・エクイティとは、ブランド、その名前やシンボルと結びついたブランドの資産と負債の集合である」
原書の英語ではAakerは"brand equity"について次のように述べている。
“A set of assets and liabilities linked to a brand, its name and symbol, that adds to or subtracts from the value provided by a product or service to a firm and/or to that firm's customers.”
ここで、"brand"と"equity"の意味について振り返ってみる必要がある。まず、"brand"から見てみよう。
”ONLINE ETYMOLOGY DICTIONARY”(英語語源辞典)によると、"brand"とは、"Old English brand, brond "fire, flame, destruction by fire; firebrand, piece of burning wood, torch," and (poetic) "sword," from Proto-Germanic <brandaz> "a burning" "だという。つまり、古英語では「火」に関連した語であった。そこから放牧した家畜に所有者がわかるように押す焼き印をbrandというようになり、所有者がわかる印自体をbrandというようになったのである。
次に、"equity"についてみてみる。"Investopia"では"equity"の定義は次のようになっている。
"Equity is typically referred to as shareholder's equity which represents the amount of money that would be returned to a company’s shareholders if all of the assets were liquidated and all of the company's debt was paid off." つまり、もしすべての資産を清算し、企業負債を皆済した時に株主に戻ってくるカネの総額がエクィティなのである。
ブランド・エクイティの5つの要素
上記から、ブランド・エクイティには、資産と負債が含まれるということがわかった。アーカーは、ブランド・エクイティの資産や負債は新しい名前やシンボルにシフトしたり消えたりすることもあるという。
アーカーは、ブランド・エクイティには、次の5つのカテゴリーがあるとしている。
- ブランド・ロイヤルティ
- 名前の認知
- 知覚品質
- 知覚品質に加えてブランドの連想
- 他の所有権のあるブランド資産 ・・・パテント、トレードマーク、チャネル関係など
取り返しのつかない大失敗
ブランドは上記の5つの要素をよくよく勘案しながらうまく制御していかなければならない。既に述べたように、ブランド・エクイティには資産も負債も含まれるが、コントロールを間違えると資産は失われ、負債が増えることになりかねない。
本書では、取り返しのつかない大失敗の事例として、日産自動車が「ダットサン」:"Datsun"ブランドを廃棄して「日産」:"Nissan"ブランドに統合したケースを挙げている。
1918年、"Datson"(当初は uではなく oだった。)という名前の二人乗りの自動車が日本で作られた。Datの息子という意味で、DATはすなわち田(Den)、青山(Aoyama)、竹内(Takeuchi)という創業にかかわった三人の頭文字だった。しかし、sonは「損」という悪いイメージにつながりかねないので、sunに変更されて"Datsun"になった。この自動車会社は戦後、日本市場では「日産」という名前を使用するようになった。しかし、米国では、日本的イメージを弱めるために"Datsun"という名前を使っていた。1981年の秋、ダットサンから日産に名前を変更するという決定が日産本社から発表された。アメリカでは"Datsun"の知名度がきわめて高く、"Nissan"というブランドはあまり知られていなかったにもかかわらず、日産本社はその荒唐無稽な決定をごり押ししてしまったのだった。
本書には書いていないが、"Datsun"は米国人はダットサンではなくて、「ダッツン」と発音していた。そしてその発音から連想するイメージは強力なエンジンで飛び出すスポーツカーのイメージだった。日本でフェアレディZという名前で売られたスポーツカーは米国では"Datsun"だった。このスポーツカーは米国では”poor man's Ferrari”(貧者のフェラーリ)と言われて、一般人でも買えるイケてる本格スポーツカーとして知られていた。ところが、"Nissan"というブランドで米国人がイメージしたのは、"poor man's cheap car"(貧者の安い車)だった。"Nissan"という名前を知らない人さえ多かった。ブランドとしてどちらを重視すべきだったかは言うまでもない。この時の日産本社の決定は、たとえて言えば、ルイ・ヴィトンやプラダやエルメスといった超一流ブランドを持つ企業がそういう強力なブランドを廃止して安価品のブランド名に変えるようなものだった。もちろん、賢いブランド運営会社がそのようなことをするはずもないのだが。・・・
本書は、世界的ブランド論の大家アーカーが、ブランド・エクイティをコントロールすることの重要性について述べた本である。かと言って堅苦しい本ではなく、様々なブランドのきわめて面白いエピソードを交えて煌めくような理論を展開している。ブランド論や広告論に興味のある人なら、必読の書だろう。