『戦術と指揮 命令の与え方・集団の動かし方』 松村 劭 著
- 著者: 松村 劭(まつむら つとむ)
- 出版社: PHP研究所
- 発行日: 2006年3月17日
- 版型: Kindle版・文庫本
- 価格(税込): Kindle版:¥594-, 文庫本: ¥836-
元自衛隊陸将補が書いた戦術指揮教本
著者の松村 劭(まつむら つとむ, 1934~2010)は、防衛大学校を第2期卒業後に陸自幹部学校指揮幕僚課程修了を経て、インド国防参謀大学を卒業、その後アメリカ陸軍指揮幕僚大学で教官を務め、国連ではジュネーブで軍縮代表部スタッフも務めた。
このように国際的な視座を得て軍事的戦略・戦術立案の現場を踏んできた著者が書いた本書は、単なる理念では了らず、きわめてマニアックなディーテイルに満ちた本となっている。ただ、逆にビジネスの世界の戦術と指揮の具体例を期待して本をとった場合には、あまりに軍事色が強い内容のために、ビジネスへの援用が即座に叶わないことへの焦燥感を抱く読者もいるかもしれない。本書の表紙の装丁は、細かなヘキサゴン(六角形)で区分けられた盤上に戦車や装甲車や迫撃砲などのコマ(駒)が並んだいわゆる「ウォーゲーム」の盤面の絵になっているが、この装丁は、本書内容のイメージをかなり精確に表示していると言えるかもしれない。本書が単なるウォーゲームの本でないことは言うまでもないが、それでも、ウォーゲームのファンたちが知りたい、現実の指揮官たちがどのような思考で戦術を立ててどのように指揮をしているのかという好奇心に対しては、本書はきわめて適切に応えてくれるであろうと思われる。
松村は言う。「戦いは、ただ一度で終わるものではない。数多くの戦いのくりかえしだ。ひとつの戦いにおいて、敵に大きな損害率をあたえれば、つぎの戦いにおける勝利の確率は、きわめて高くなる。たとえ任務を達成しても、敵より大きい損害をうければ、まるで意味がない」
松村は、それゆえに、戦いをみるときには、次の3つの視点が必要だという。
- 戦いが展開する速度は?
- 勝ったのか?
- 任務を達成したのか?
マニアックな戦術要領
私(書評者)は、本書を「マニアック」だと言ったが、それは、たとえば、本書が、将棋の駒に相当する「部隊記号」の図とその説明から始めていることなどはまさしくその典型例だろう。
部隊記号の次には地形の読み方がある。沿岸、河川、山地、市街地、森林といった地形、そして、天候、弾道に影響する地表面気温、空気密度、風向風速、明度、霧の影響にも言及している。
地形の次に陣形と戦術的行動について語られる。
本書には多くの図が載せられ、クイズ形式で問題が出されている。たとえば、次のような問題だ。
- 「川はどこから渡るのか? 図のA地点か、B地点か?」
- 「山と山にはさまれた隘路(あいろ)ではどこで防衛すべきか? A地点か、B地点か、C地点か?」
問題は進むごとにどんどん複雑になり 難しくなっていく。
戦いに勝つ原則
松村は、戦いに勝つためには9つの原則があるという。それは、以下の9点だ。
- 目標の原則・・・ 目標を常に思い浮かばせろ。
- 統一の原則・・・ 指揮は常にたった一人に任せろ。
- 主導の原則・・・ 主導権を握ったら絶対に手放すな。
- 集中の原則・・・ 敵の弱点に自分の戦闘力を集中させろ。
- 奇襲の原則・・・ 敵が予期していないところを突け。
- 機動の原則・・・ 優れた将軍は機動によって勝利する。劣った将軍は敵の消滅によって勝利する。
- 経済の原則・・・ 戦闘時に何もしないでいる部隊は制圧されているのと同じである。
- 簡明の原則・・・ 目的・目標は明快であれ。
- 警戒の原則・・・ 油断せずに警戒せよ。
以上のような9つの原則は、おそらく企業戦略にも生かせる内容ではないかと私は思う。
指揮の要諦
私が本書を読んで、リーダーシップの視点から深い感銘を受けたのは、「命令の背景を説明せよ」という部分であった。
松村は、スターリングラードで包囲されたバウルス元帥麾下の第六軍の救出を命ぜられたマインシュタイン大将の例をあげて説明している。
マインシュタイン大将は、命令を出すときには、時間の許す限り、自分の状況認識を説明したという。それは現状認識にとどまらず、数多くの予測まで説明したのだという。そして、もしもこの予測と異なる情勢になれば、部下の独断を期待する、と最後に述べたのだという。マインシュタイン大将は、発令者と受令者の間の「取引条件」を明示したのだと、松村は言う。
もしも命令の背景が意図的に隠されている命令だったならば、受ける価値はない とまで、松村は言い切っている。このあたりは、日本の企業の指揮者たるトップや重役連中はよくよく学ぶべきだと私には思える。
本書は307ページのやや厚めの文庫本であるが、これほど内容の濃い本はなかなかないと私は感じ入った。掛け値なしで素晴らしい本である。
文庫本
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