文学

芥川賞第4回~第5回授賞作と選評

2020年4月15日

『芥川賞全集 第一巻』

  • 著者: 石川達三、鶴田知也、小田嶽夫、石川 淳、冨澤有爲男、尾崎一雄
  • 出版社: 文藝春秋
  • 発行日: 1982年2月20日
  • 版型: 単行本
  • 価格(税込): 2,670円

 

芥川賞第4回~第5回の作品と選評

本書は芥川賞第1回から第5回までの授賞作と選評である。ここでは、そのうち、第4回から第5回までについてふれる。(第1回から第3回については、前陳をご覧あれ。)

ここでは、これらの芥川賞作品の書き出しの一節と、登場人物(主人公とは限らない)の目を引いたセリフ、そして締めの一節だけを引っぱってくることとする。さらに、「選評」で目にとまった選者ひとりの一文だけを抜き写しすることとする。私の感想はあえて一切述べない。なお、ルビは括弧付けにしてある。「授賞」の字は儘(まま)。

 

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第4回授賞作: 『普賢(ふげん)』 石川 淳 (同時授賞)

<書き出し>

「盤上に散った水滴が変り玉のようにきらきらするのを手に取り上げて見ればつい消えうせてしまうごとく、かりに物語にでも書くとして垂井茂市(たるいもいち)を見直す段になるとこれはもう異様の人物にあらず、どうしてこんなものにこころ惹(ひ)かれたのかとだまされたような気がするのは、元来物語の世界の風は娑婆(しゃば)の風とはまた格別なもので、地を払って七天の高きに舞い上がるいきおいに紛紛(ふんぷん)たる浮世の塵(ちり)人情の滓(おり)など吹き落とされてしまうためであろうか、それにしてもこれはちょっと鼻をつまめばすぐ息がとまるであろうほどたわいのなさすぎる男なのだ。」

 

<セリフ>

「なるほど恥辱かも知れん。いや、たしかに恥辱だ。この恥辱はおれの借方につけておこう。だが、そんな貸借なんか蹴(け)とばすようなものが破裂したんだ。仕方がない。」

 

<締め>

「わたしはぴりりと全身を打たれ、すがりつく安子を振り飛ばして二階へ、なかば襖(ふすま)があけ放しになった文蔵の部屋の中に足を踏み入れようとするや、框(かまち)に仕切られた空気の面に突きあたり鉄壁の硬(かた)さで刎(は)ねかえされ、廊下によろよろと倒れかかったのは、襖のかげに隠れたベッドの上の烈烈たるたたずまいがこの世の生臭さを禁断したのであろうか、その一刹那(せつな)にわたしの眼を焼き通したものは文蔵が常用の棒紅とともに畳に散り落ちた一ひらの花、骸骨(がいこつ)のぶっちがえの附いた紫色の小壜(こびん)であった。」

 

<選評: 室生犀星>

「この長たらしい百五十枚の小説はどこもかしこも一杯に詰った近代小説学を体得し、油断なき熟練によって更に一層この作家のごちゃごちゃした天分を生かしたものであった。こういう小説的小説は小説家である悩みを持つ私から、神かけて逃がれっこはないのである。私は不思議な宿命的な感覚からこの作品を絶対に支持することに決心した。」

 

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第4回授賞作: 『地中海』 冨澤有爲男 (同時授賞)

<書き出し>

「十一月、雨が来た。既(すで)に五日間巴里(パリ)は深い雲煙の中にあった。

屋根屋根の煙は低く歩道に垂れ、もはや見分け難くなった幾つかの中空の窓窓のあたりに、寺院の鐘のみが止度(とめど)もなくさまよい・・・・・警鐘をうちならす船のような、一つの連帯的な運命が徐徐としてこの街を包んでいるように思われた。」

 

<セリフ>

「まるで死んだような晩ですわ」

 

<締め>

「我我はそれからどちらからともなく、突堤を歩き出していた。既に明けそめたらしい新しい色が、海と空との間に微かに動くのを僕は泪の中に見たのである。」

 

<選評: 小島政二郎>

「僕は今度の回の作品に一番感心した。就中『地中海』は、間然するところのない描写小説の傑作だと思う。全体を、作者の気稟(きひん)で美しく包んで、包み切っている。力一杯の仕事の持つインテンシチーをさえ、包み切っている。包み切れるか切れないかで、この作品の調和が破れたろうと思う。」

 

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第5回授賞作: 『暢気眼鏡』(短篇集のうち) 尾崎一雄

<書き出し>

「「ちょっとオ」とか「これよ、これ」とか云う芳枝の声を、「うるさいな」と思い思い私ははっきりせぬ夢から抜け切れずにいた。が、直ぐ覚めた。朝だ。」

 

<セリフ>

「人間てね、死んで了えば何もかもなくなるのね」

 

<締め>

「「こんなことをして小説書いたとて、それが一体何だ」そう思うと、反射的に「いや、俺はそうでなければいけないんだ」と突き上げるものがある。「暢気眼鏡」などと云うもの、かけていたのは芳枝でなくて、私自身だったかも知れない。確かにそう思える。しかもこいつは一生壊れそうでないのは始末が悪い。そこまで来て私はうすら笑いを浮べた。」

 

<選評: 横光利一>

「『暢気眼鏡』 ― このような、人間の低い部分をこれほど長く持ち続け、これほど玩弄しつづけ、なお平身低頭にまで至らぬある人間の情けなさ、横着さ、他愛なさを、作者はくつくつ笑って眺めている。」

 

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芥川賞第1回~第3回授賞作と選評

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石川 雅一

石川 雅一

 東証ペンクラブ 会員。学校法人評議員。 元日本放送協会で国際報道に従事。アフガニスタン内戦、カシミール内戦、パンチャヤト大暴動( ネパール)、湾岸戦争、アメリカ航空宇宙局(NASA)、国連安全保障理事会、ニューヨーク市警、米国核廃棄物、ロスアラモス国立研究所、米国海軍、米加漁業紛争、京都の歴史文化伝統産業などを取材。国際機関アジア太平洋放送開発機構講師(JICA専門家)としてクアラルンプールでアジア各国の放送局のジャーナリストを育成指導。金融市場分析のテクニカルアナリストとして日本の全産業三千数百社の上場企業のテクニカル分析をダイヤモンド社で三季にわたって完遂。  早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程中途退学。早稲田大学大学院商学研究科専門職学位課程修士(研究科長賞受賞)。MBA( Le Cordon Bleu; Global Service Business, WBS)。Certified Financial Technician(CFTe Ⅱ)。 一級小型船舶操縦士、剣道初段、趣味は能楽。

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