『わかりやすい アフガニスタン戦争』 三野正洋 著
- 著者: 三野正洋(みの まさひろ)
- 出版社: 光人社
- 発行日: 1998年11月9日
- 版型: 単行本
- 価格(税込): ¥2,530-
旧ソ連軍対アフガンゲリラ10年戦争の概観
本書は1979年12月のソ連軍のアフガニスタン侵攻から、1989年2月のソ連軍のアフガニスタンからの撤退まで、10年近く続いたソ連軍対イスラム教徒のゲリラ勢力との戦争を戦史研究家が様々な局面から概観した書である。
かつてアフガニスタンは、シルクロードの要衝として栄えた歴史とガンダーラ仏教美術とから日本人にもなじみ深い国だった。しかし、その青い山脈に囲まれた平和な山岳国が、旧ソ連軍の侵攻によって戦車に蹂躙され戦火の惨苦をこうむった。かつて米軍がベトナムでジャングルの泥沼にはまったように、ソ連軍も山岳峡谷で行き詰まって苦心惨憺し撤退に追い込まれていった。しかし、ソ連軍撤退後も、かつて平和だった山岳の国は紛争が常在してやむことのない国になってしまった。
アフガニスタンで今も続く紛争状況を正しくみるためには、旧ソ連軍のアフガニスタン侵攻からみなければならないであろう。その意味で、ソ連軍侵攻の10年間を概観した本書は、アフガニスタンの現状をみてその将来を思惟するのに欠かせない書だと思える。
本書は、次の7つの章から成っている。
- アフガニスタンという国: 地理・気候・人種・宗教など
- アフガニスタンの歴史: アレキサンダー大王の遠征~近代史~現代史
- 侵攻の開始: ソ連軍の大規模侵攻の様相
- アフガニスタン戦争: 1980年~1989年
- アフガニスタンをめぐる各国の動向と思惑
- 主要な戦闘: 街道戦争、パンジシール渓谷攻防戦、ゲリラ対航空機、ジャララバード攻防戦、ムジャヒディンによる基地攻撃など
- 総括と資料: ベトナム戦争との対比、ソ連撤退後のアフガニスタン
旧ソ連が発表した侵攻理由と、米英がみたソ連のホンネ
なぜ、旧ソ連はアフガニスタンに大規模な武力侵攻をしたのか、本書は、それを当時のソ連当局による公式発表(タテマエ)と、それに対して西側諸国が考えたソ連のホンネとを対比して、次のように述べている。
<ソ連の公式発表; 1979年12月31日>
- アフガニスタンの反革命勢力はアメリカの帝国主義者や北京(中華人民共和国)の指導者の支援を受けてアフガニスタンの安全を脅かしてきた。
- アミン大統領はアフガニスタンの民主勢力に弾圧を加えている。
- アフガニスタン政府は、外部(米中など)からの侵略と闘うために(ソ連に)緊急援助を要請してきた。
- ソ連による兵力派遣は、国連憲章第51条に基づいている。
<西側諸国がみたソ連のホンネ>
- アフガニスタン侵略による社会主義連邦の拡大
- トルクメン、ウズベク、タジクといったソ連内の元イスラム圏共和国にイスラム原理主義がアフガン経由で入ることを防ぐ。
- アフガンで豊富とされた天然ガスなどの地下資源の占有
- 帝政ロシア以来ソ連になっても続く「南進思想」
ベトナム戦争とアフガニスタン戦争の対比
アフガニスタン戦争は、1961年頃~1975年4月まで約15年間続いたベトナム戦争と、たびたび対比されてきた。
超大国が小国の政治情勢に武力援助という形で大規模侵攻するという意味では、ベトナム戦争とアフガニスタン戦争はよく似ていた。
大量の兵員と最新兵器を物量投入しながらも、現地のゲリラ勢力に勝てずに敗退した点も同じである。
ただ、著者によると、ベトナムとアフガンとでは大きく異なる点がひとつあるという。それは、ベトナム戦争における北ベトナムに相当する国が、アフガニスタンには存在しなかったことである。ただし、アフガニスタンの隣のパキスタンは、同じスンニ派のゲリラに対してパキスタン国内に根拠地を提供し、米国などから供与された武器のゲリラへの融通を可能にした。
1998年に発刊の本書には、当然のことながら、それ以降に起きた米軍のアフガン介入には触れられていない。
2001年9月11日にアメリカで同時多発テロが発生すると、ジョージ・W・ブッシュ大統領はテロとの戦いを宣言した。米国は、旧ソ連がアフガニスタンに兵力を派遣した時の名分的拠り所とした国連憲章第51条を同じように兵力派遣の大義として、英仏加独各国と共同でアフガニスタンに武力攻撃を行った。その後、米国やNATO軍はアフガニスタンに介入を続けて現在に至っている。2020年2月には、アメリカ合衆国とタリバンとの間で和平合意が成立した。タリバンがテロを中止することと引き換えに、14か月後にNATO軍と一緒に完全撤退することに合意したのだったが、現実は、今(2020年5月)も、テロと戦闘はアフガニスタンで散発し続けている。
本書は、かつて平和だった小国が超大国の対立の狭間で紛争に巻き込まれていく経緯を詳細に描いている。
武器による平和ではなく、井戸や運河による平和をと訴えた日本の中村哲医師(1946年~2019年)の哲学との対比で、大国が国連の名のもとに行う「平和」維持のための武力行使のレーゾンデートルをもっと省察し続ける必要があると思われる。